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幻魚

空を飛んで森から曲がりくねった木が出てきた。
海に切り身で泳いでいる魚がいないように、森に2メートル真っ直ぐで立っている木はない。きっと森の奥には僕らのまだ知らない幻のような木がある。

通常、建築や家具の材料にする木は真っ直ぐなところしか使わない。それ以外の曲がっていたり枝分かれしているところは森の中に残されるか、運び出されても直接チップ工場に運ばれてまとめて砕かれる。
つまり僕らが目にする木材は、真っ直ぐで2メートルのものがほとんど。だけど、実際の木はそれぞれが森の中で生きるためにユニークな形をしている。その形は製材所や材木屋さんでは見ることができなくて、森の中にしかない。

ある秋の日に、建築家の浜田さんと一緒に木を探しに森に入った。
浜田さんは本当の木の形を活かしてダイナミックな彫刻のような大きな家具をつくりたい、と言った。有機体のような複雑さのあるものを人工的につくろうとすると費用がかさむ。木を3Dスキャンして三次元データに置き換えて、本来の木の形状を活かしつつ家具として機能するデータを作成し、加工して家具をつくることを考えた。森の中にしかない形を活かして家具にする。
一緒に森の奥の方まで歩き回って、浜田さんと「この二股いい形だね」「曲がり木をつなげて大きな輪っかのベンチにできそう」なんて話しながら、写真を撮り、家具を構想する。
浜田さんは富山県の魚津の生まれ。魚津で漁協が運営するゲストハウスや魚津埋没博物館の館内カフェの設計の仕事もしている。そんな浜田さんにとっては森の中で木を見て家具を考えるのは、切り身の状態のお魚から料理を考えるのではなく、頭から尻尾までまるごと一匹使って料理する感覚なのかもしれない。

浜田さんが設計した魚津のゲストハウスに遊びに行った時に、ゲンゲという魚を食べた。そのグロテスクな見た目に「この魚を食べるの?」と声が出る。
ゲンゲは、水深200mより深い場所で暮らしている深海魚。同じ水域に生息するカニやシロエビを摂るための底引き網にたまたま入り込んで水揚げされるが、網や魚たちを傷つける。グロテスクな顔つきで、ぬるぬるした大きなおたまじゃくしのような魚。そんな見た目も災いし、漁師たちの間では雑魚の中の雑魚、「下の下」と呼ばれ、浜に打ち捨てられていた。劣化が早くすぐに生臭くなっていたのも嫌われる原因だが、近年になって流通が改善されて、割烹や料亭で天婦羅や唐揚げとして提供されはじめ、これまであまり口にすることがなかったゲンゲの味わいが知れわたる。そしていつしか、滅多に出逢うことのできない幻の魚「幻魚(ゲンゲ)」と呼ばれるようになった。

浜田さんと森に入った1か月後、その森で木が伐られることになった。育てる木を残して最低限の邪魔な木だけを伐る。
僕らは伐った木は森の中で切り捨てせず、全部そのまま出してもらうよう作業員の方にお願いした。できるだけ長いまま、曲がったまま、根元や枝もつけたままで。たとえ見た目がグロテスクでも。
そして、まるで深海魚が陸揚げされるように、普段目にしないようなさまざまな形の木が、森の奥から架線に吊り下げられて出てくる。
土場に積まれたぬるりと曲がったブナの木は、幻魚に似ていた。

「この木使うの?」と何人もに聞かれながら、浜田さんはいまその美味しい料理を考えている。それがうまくいってもいかなくても、浜田さんの心の中の森にはもう真っ直ぐな木ではなくて、歪に曲がった木々がたくさん生えている。

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