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スプーン採集

僕はいつか森の中で小さなカレー屋さんをやりたい。『おりょうりのもり』という絵本があって、女の子が森の中を歩いていくと、フライパン、お皿、フォークのなっている木があって、そばにはスプーンの花が咲いている。そこに卵のきのこも生えてきて、たまご焼きを作って森の動物たちと食べるお話だ。そんな森でカレー屋さんをやりたい。

造形作家の貝山伊文紀さんは、木の枝が自然に作り出す美しい形に着目し、山や沢や街で採取した木の枝でアート作品や日常の道具をつくっている。僕はその作品が大好きで、貝山さんに、みんなで一緒に森の中で枝を採ってスプーンを作ってそれでカレーを食べたい、と言ってみたところ快諾してくれた。
「もともと自分も、自分のやっていることを伝えるために、森の中でイベントをしたいと思っていたんです。でも、どんな方法で行えばよいのかわからなかった。だから、森を貸してもらってそこで枝で食べる道具をつくって食事をする、という提案はとても魅力的でした」
僕はそれを『森のスプーン採集』と名付け、秋のお祭りのワークショップとして開催した。

ワークショップでは、貝山さんと参加者と一緒に森の奥へ入り、スプーンに適した枝を探す。貝山さんが木を指さして言う。「そっちの木には赤い実がついています。食べてみて。甘いでしょう?それがイチイの木です。磨くと光沢が出やすくてスプーンに向いています」
そして、貝山さんはイチイの木に登り、枝を切り落とす。下からみて想像していたよりもはるかに大きな枝の塊が音を立てて落ちる。
森から枝を受け取ることは、同時に森へのささやかな返礼にもなるという。
「枝を落としてみるとこの辺りが一気に明るくなったでしょう?枝を伐ると森に光が入ってくる。それで、しっかりとした森の下地が育つ。人が森に入りやすくなり、それは人がなにかを森に与えるきっかけになる」

森の奥からみんなで戻る。貝山さんがスプーンの形に加工して乾燥させてくれた枝から好きな形を選ぶ。おのおのの手や口に合った形状や触れ心地を考えてヤスリで削って磨いていく。シャリシャリとヤスリを動かし、手を止めてスプーンの表面を撫でて感触を確かめる。小さな枝にもよくみるとそれぞれに個性的な木目や色味、節や曲がりがある。磨いていくほどそれらがはっきりしていく。森を構成する木、さらにそれを構成するパーツのひとつとしてしか見ていなかったひとつの枝の個性が見えてくると、愛らしく思えてくる。
最初は、平坦な場所に椅子を並べて作業をしていたけれど、いつの間にかみんなふらふらと森の中を歩きながらヤスリをかける。
「こんなふうに森の中で作業するのがすごくよくて。心が広くなるというか、削っているうちに座っていられなくなる、うろうろしたくなりますよね。木の粉が出て、風に舞っても自分が川上側にまわればいいし、それがいくら地面に落ちても森に還るだけだから、気持ちがいい」
風の音。靴底から伝わる土の感触。湿り気を帯びた葉の香りを感じながら、僕らはどんどん無になっていって、やがて森の一部になる。

磨き終わってスプーンの形ができたら、その場で採取したクルミの実をトンカチで割って砕いて油を出して、スプーンの表面に塗る。油分がスプーンに浸透して防水効果と艶が生まれる。
本当の自然の美しさとそれを模倣したものは違う。歪な形の枝からは、個性的なスプーンを作り出すことができる。直線的に削り出すこともできるけれど、もともとある素材の形や流れに逆らってきれいなものをつくることは味気ない。森の中にいると余計にそう思う。

スプーンが完成したら、みんなでお昼ご飯。僕は枝のスプーンで食べるためのカレーを作った。いろいろなすくい心地や食感が楽しめるように、とろりとしたバターチキンカレーと、ほろほろした根菜と野草のキーマカレー。それぞれ好きなだけお皿によそってもらって、できたてのマイスプーンで食べる。
「いま自分がいるこの森の木の枝からスプーンができるってわかる。ひとつとして同じものはない。そのスプーンの形や食べ物や自分の手と口の動きを意識して食べる。それを経験してもらうことは、とても価値のあることだと思います」

参加してくれた女の子は、森と木々に対して敬意と愛おしさを感じたと言った。「森がなければいまわたしが枝から作ったこのスプーンは存在しないし、山で採れる食材も食べられない。森の恵みを享受するだけでなく、わたしが森にできることはなんだろう?と考えました」

貝山さんとはそのワークショップの後もよく森の中で話をする。貝山さんは以前は家具メーカーに勤めていて、海の向こうから来た綺麗に成形された木材を材料にしてものづくりをしていた。そしてそれに疑問を覚え、持続可能な森林資源の活用を考え、枝を使ったものづくりの実践をしつづけている。
僕らはよくスプーンの森を作りたいと話す。必要な時に森の中で好きな木の枝を採集していつでも(そしていつまでも)スプーンを作ることができる。同じように、家具メーカーは家具の森を、楽器メーカーはヴァイオリンの森やピアノの森を持って、手入れをしながらものづくりをするといいだろう。
僕らが森からなにかを受け取り、なにかを作り、それが森へのささやかな返礼に、もしくはそのきっかけになるのであれば。

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