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【ラジオ対談】音楽×テクノロジー、それぞれのプロフェッショナルとして

ボストン在住のギタリスト・伊藤雅人さんをパーソナリティに迎え、昨年の6月から鎌倉FMで続けてきたラジオ番組『Moving to a New Normal』は、今年3月、首都圏に対する緊急事態宣言の解除を以って、その役割を終えました。最後の1ヶ月はサポーターであった私たち同級生をゲストに呼んでいただき、対談という形でお送りしましたので、私の回をテキストに起こしておきたいと思います。

きっかけとしての音楽

ー中学・高校の頃に吹奏楽部でビックバンド・ジャズを一緒にやって、それから高校時代はロックバンドを一緒にやっていたけれど、卒業した後、音楽とはどういう関わり方をしていたの?

(伊藤)雅人たちとバンドを組んでベースを始めたきっかけはもう思い出せないけれど、当時はイングヴェイ(Yngwie Malmsteen)やスティーヴ・ヴァイ(Steve Vai)のような、ロックの中でも特にテクニカルなコピー・バンドをやっていて、ベースで言えば、例えばビリー・シーン(Billy Sheehan)のような凄腕のベーシストがいたわけだけれど、僕自身はそんなロックというジャンルよりも、ベース自体の奏法に着目するようになって。特にスラップベースの難しさや格好良さに惹かれていって、そういった曲を聴くようになったんだよね。

ーなるほどね。

スラップベースはラリー・グラハム(Larry Graham)っていうファンク系のベーシストが始めた弾き方だと思うけれど、当時から、今も人気のあるベーシストとして、マーカス・ミラー(Marcus Miller)がいて、すごく好きで聴くようになって。彼の音楽も生粋のジャズでは無いんだけれど、遡ると1986年にマイルス・デイビス(Miles Davis)をプロデュースした「TUTU」っていうアルバムがあって、そういうものも聞くようになってから、ジャズにはまっていったっていう感じかな。

ーそういう音楽を高校の頃から聴き始めていたの?

そうだね、その頃から徐々にだね。

ーそんな根っからの音楽好きが、いつから、いま仕事としてやっているITやセキュリティ関連の知識やスキルを身につけていくようになるのかな?

実はコンピュータを触るようになったのも、雅人たちの影響があったのかなと思っていて。雅人や(田中)は、高校の頃から学校の中でもギターやドラムのいわゆるヒーローで、技術とかセンスが飛び抜けていたわけだけれど、それって何がすごいのかなって色々と考えてみると、やっぱり熱中している度合いが違ったのかなと。寝る間も惜しんで、ずっとギターを弾いている感じだったでしょ?(笑)

ーまあ、そうだね。練習したまま、ギターを抱て寝ちゃって、起きたらまだギター持ってる、みたいなことが多かったね。(笑)

僕はまだベースを始めたばかりだったということもあって、そこまではのめり込めずにいて、もちろん音楽全般はすごく好きだったんだけど。一方で、当時はパソコンがまだそんなに皆が持っていたわけじゃないけれど、普及を始めた時代で、僕も家にパソコンがあって、パソコンで音楽をやるっていう分野が人気になり始めていたんだよね。

ーちょうど黎明期って感じだよね。

今でこそコンピュータで音楽をっていうのは当たり前になっているけれど、当時はWindows 3.1が出たようなタイミングで、いよいよパソコンで音楽ができるという感じで。とはいえ、今だとパソコンだけで、ソフトウェアシンセサイザーのようなものを使って音楽が作れるんだけれど、当時はそんなこともなくて、コンピュータに楽譜を入力して、そこから外部のシンセサイザーを制御して音を出すという形だったんだ。

ーハードルが高かったよね。機材も高かったし、色々と揃えなくちゃいけなくて。

ようやく揃える機材も減ってきて、コンパクトにできるようになってきたのがその頃だったのかなと思っていて。そういうものを結構やり始めたんだよね。

ーその頃からベースだけじゃなくて、打ち込みをやってみようかなとか、プログラミングしてみようかなとか?

いくら楽器が下手くそでも、コンピュータは楽譜を入力すればその通りに弾いてくれるからね。

ー勝手にコンピュータにアドリブとかされても困っちゃうしね。それはそれでAIとかでいったら良いのかもしれないけど。

今後はそういう世界になってくるのかもしれないけど、当時は人の演奏をコンピュータで再現させたりするために、音色やリズム、ピッチとか、色々なものをコントロールしてあげる必要があって。そういうことをやっているうちにコンピュータ自体に夢を持つようになって、のめり込んじゃって、将来は仕事にできていければいいなって、その頃から思っていた感じかな。

ーそういうことで興味が移行していって、仕事につながるものなんだ。じゃあ、もし音楽をやっていなかったとしたら、今の仕事をやっていないかもしれないってことでしょ?そう考えると、面白いものだね。ちなみに当時はどんなパソコンを使っていたの?

今じゃ考えられないかもしれないけど、当時は日本中のパソコンがNECのパソコンだったんだよね。

ーそういえば、うちにもあったんだよね。

NECのPC-9801シリーズっていうのが、すごく世の中で一般的になっていて、僕自身もそれを使っていて。だからその後、大学・大学院を経た後もNECっていう会社で働きたいなぁと当時から思っていたりしてね。

ーすごいね、それが実現しちゃったんだ?

結果的にね。

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高校時代に伊藤雅人さんが弾いていたギター(移転前の六本木BAUHAUSにて)

テクノロジーの世界

ー当時って、まだフロッピーディスクの時代だよね。今はもうフロッピーなんて、ファイルの保存ボタンのアイコンとしてしか見かけないよね。

そういえばそうだね。

ー音楽メディアも当時から移行していっているよね。カセットテープから、だんだんMDに移行して、MDは一瞬でなくなっちゃったけど、その後すぐにMP3プレイヤーが出始めたりして。当時のMP3プレイヤーの容量って確か何百MBとかで、本体に百曲ぐらい保存出来たらもう十分みたいなね。画期的だったけど、それが今はTBとかだもんね。

NECに入社して、そこでは何年ぐらい働いていたの?

15年ぐらいかな。

ーその後、2018年に退社して、今はセキュリティコンサルタントとして働いているっていうことだけど、このセキュリティっていうのはいつから取り組んだの?

セキュリティは長くやってきたわけではなくて、少し細かい話をしてしまうと、NECにいた頃は機械、いわゆるハードウェアに近いお仕事をしていたんだけど、世の中はコンピュータを所有する時代から、持たずに使う時代に変わってきて。YoutubeとかTwitterみたいに、パソコンは手元にあるけれど、コンピュータシステム自体はクラウドと呼ばれているインターネットの中の世界にあるような、いわゆるハードウェアがなくなる世界になってきたんだよね。そうなってきた時に、自分のお仕事もハードウェアのようなものから、セキュリティっていうもっと身近に感じている課題にシフトして、手掛けるようになってきたという形かな。

ーそういうものの必要性が出てきたってことだよね、時代的に。その道に進むきっかけみたいなものはあったの?

ピンポイントでこれがっていうのはないんだけど、それこそ十何年もITの世界にいると見えてくる課題があって。特にセキュリティって環境問題に近い部分があって、色々な利権や政治的なものとかが絡んでいる大きな課題で、簡単には解決できないんだよね。だからこそ、そういう世界観に興味を持ったんだよね。

ーじゃ、技術的な問題だけじゃないんだ?

そう、技術だけじゃないっていうのが、一つの大きな問題だね。

ーそれで、去年、セキュリティの分野で感じられている課題なんかをまとめた『さよならセキュリティ』っていう本を出版されて。

このタイトルの通りにセキュリティっていうものは無くならないんだけど、できれば「さよなら」したいよね。たとえば毎回パスワードを入力して使わなくちゃいけないとかって、ただただ煩わしいだけだから、そういうものがなくなる世界を夢見たいな、と。そういうエッセイのような話をまとめた本になっています。

ーどういう経緯で本を書くことになったの?

ちょうどNECを退社したタイミングで、色々と思うところがあったので、それを自分なりにまとめて、出版社の人に相談したっていうのがきっかけだね。

ーそっか、この本に限らず、普段からnoteとか書いてるじゃん。こういう文章を書く才能もあるんだなぁっていうのは、高校生の頃とかは知らなかったから、今読んで、面白いなぁ、うまいもんだなぁって思いながら読ませてもらっているよ。

それはありがたいです、自分では全然分からないので。本は読むことが好きで、いつか機会があれば書いてみたいなとも思っていたんだけれど、たまたまチャンスがあって。

ー音楽の本とかも読んでるんでしょ?

音楽とテクノロジーは昔から近いって言われていて、さっきも出てきたMDとかCDとかMP3とかって、技術の進歩によって変わってきたわけでしょ。それによってその都度、音楽生活というか、音楽との付き合い方も結構変わってきたじゃん。これってすごく面白いことで、そういう本を読んだり、考えたりすることも好きだね。

いまの音楽、これからの音楽

ー最初にジャズにはまって、っていう話があったけれど、最近も音楽は聴きに行ったりしているの?

青山のブルーノート(Bluenote Tokyo)とか、六本木のビルボード(Billbarod Live Tokyo)とかは、まさにそういう音楽が溢れている世界なので、よく聴きに行ってるね、今でも。ただコロナの影響で海外のミュージシャンが一切来日できなくなっちゃったので、それは残念だけど。

ーその分、日本のアーティストで、今まで活躍できていなかった人たちが出演できていたりするのかな?ちょっと分からないけど。

例えば上原ひろみさんが結構長い期間、ロングラン公演を行ったりしていて、これってすごく貴重なことなんだけど、同時にオンライン配信もされていて、こういう状況ならではの楽しみ方っていうのもあるのかなと。

ー上原ひろみさんは、僕の行っていたバークリー(音楽大学)の大先輩でもあって、一般的にアメリカで知られているかって言われると、そうでもないのかも知れないけれど、音楽をやっている人の中ではかなりリスペクトを集めていたりして、本当にすごいなぁと思うよ。そういう人の演奏が東京では連日観れたわけでしょ?

そうだね。

ー羨ましい。東京って、音楽を観るには最高の環境だよね。こんなに海外からアーティストが集まる街って、実はあんまりないんじゃないかと思うんだよね。ニューヨークとかはもちろんそうなんだけど、やっぱり日本はちょっと特別かな。ちょっとお高いのかもしれないけどね、どうしても。海外からの渡航費とかを考えると当たり前なのかなとも思うけど。何しろ、来てくれるっていうのがありがたい。わざわざ海外から東京に観に行くっていう知り合いも何人かいて、それだけ東京って、他の都市には来てくれないアーティストが来てくれる場所なんだなって。

特に20年ぐらい前なんかは経済的にも絶好調で、いろんなアーティストを呼んでいて、その時の名残でいくつも会場があるっていうのは、ありがたいことだよね。コロナの前なんかは、どんな海外のアーティストを観に行ってたの?

ジャズって、どうしてもメジャーにはならないジャンルではあったんだけれど、最近だとロバート・グラスパー(Robert Glasper)っていうピアニストがシーンを盛り上げているところがあって。彼は結構ジャンルレスな活動をしているから、元々はジャズが好きではない人たちも聴きに行くような流れがあって、ヒップホップやソウルが好きな人にとっても聴きやすいから、すごく人気があって。その辺りのミュージシャンが最近聴いていて、面白いと思っているところかな。

ーロバート・グラスパーはこっちのミュージシャンにもほんとに大人気だよ。

日本でロバート・グラスパーやその周辺の音楽が最近ちょっと人気な理由として、ジャズ評論家の柳樂光隆さんっていう方が『Jazz The New Chapter』っていうムック本を年に1冊ぐらい出版されるようになって、ずっとシーンを追われている中で文化的なつながりみたいな、おもしろ記事をたくさん書かれているから、ファンが増えて、というところも一つあるのかなと。僕もライブ会場でお見かけして、ちょっと声をかけたりしたこともあったんだけど。

ーやっぱり同じライブを観にいったりしてるんだ。

実は柳樂さんは今年に入ってから、この鎌倉FMで他の評論家の方と一緒になって番組を始められていて、ジャズをご紹介されているので、ぜひ皆さんも聴いていただけたらなと。

ーさすが鎌倉FMさん、センスがいいですよね。木曜日の夜8時、ぜひジャズに興味のある方は、皆さん聴いてみてください。

それから、先日の放送では石井祐史朗くんとの対談でミュージシャンの今後みたいな話もしてみたんだけど、その辺についても、考えるところを話してもらえたらなと。

最近はライブがミュージシャンの活動の中心になってきているのかなと思っていたところ、それがコロナでできなくなっちゃって、Youtube配信とか、インスタライブとかが結構盛んになってきたよね。ちょうどそんなタイミングで音声メディアみたいなものが、テクノロジー的には注目されていて、Clubhouseみたいな音声系のSNSが出てきていて、あれって音楽寄りなイメージで作られていたのかなって思っていて。

ー以前のアイコンはギターを持った人だったもんね。

ただ今はやっぱり会話がメインで、音楽みたいなものはなかなか技術的に追いつかないかなと思うんだけど。

ーリアルタイムでってことか。

そうだね、今後はそうやってリアルタイムで音楽ができるようになってくると、セッションをリモートでやったりとか、それを生で配信したりとか。それこそ日本のミュージシャンと海外のミュージシャンがそれぞれ自分の街にいながらにしてセッションをしたりとか。そういうことがインターネットの世界でできる日も、そんなに遠くはないんじゃないかな。

ーもうちょっと技術が進めばって感じか。

そうなってくると、ミュージシャンの人たちって、より自分のテクニックとか、センスとかが大切になる。生になってくるから。

ー活動の場も広がるよね。可能性は本当に一気に広がる気がする。

そういうところにファンもついていくでしょ。

ーなるほどね、それができるようになってくると、ほんとにありがたい。今この対談はLINEを通して、それを収録してるって感じなんだけど、どうしても多少のタイムラグってどんなアプリを使っても今はあるからね。会話だとそんなに気にならないけど、やっぱりプロのミュージシャンの演奏ってなるとコンマ何秒っていう遅れがあるだけで、合わせられなくなっちゃったりもするので、そこを解消してもらえると本当に嬉しい。

そうなると音楽ファンの人たちも、音楽に触れられる機会が増えるしね。今は音楽配信って言っても、実際にはライブ形式で事前に録画、録音したものを流すっていう形も多いと思うんだけど、そういうことじゃなくて、本当にその場の勝負というか、後で修正とかせずに、その場で演奏しなくちゃいけないっていう場面が増えてくるんじゃないかな。ミュージシャンの技術が求められるというか。

時代的にも、フェイクとかが嫌われるようになってきて、より本質的な、上質なことっていうのが注目を浴びているじゃん。だから音楽も、そういったところに回帰していくのかなって。

ーさっきのロバート・グラスパーとかも、本当に才能ある、生粋のミュージシャンって感じだもんね。音楽だけで勝負できる人。パフォーマンスや戦略的な売り方とか、そういうものじゃなくて、ファッションとか、時代の流れだけでもない、本当にいい音楽をクリエイトしていくっていうことで人気を集めている人だよね。

グラスパーは子どもの頃にゴスペル、教会音楽みたいなものを通じて伝統的な音楽を身につけて、その後にちゃんとした音楽教育を受けてるんだよね。いわゆる学校でちゃんと音楽を学んできている。

ー感覚だけじゃなくてね。

そういう人たち、つまり、より本質的な人たちが今後は活躍できるのかなって。

ー提供するわれわれミュージシャンの側がちゃんと技術、センスを磨いて、本物の演奏をお届けできるように精進していかないとって思います。

本対談を音声でお聞きになりたい方は伊藤雅人さんのYouTubeチャネルにて

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