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「悲しき決断」~難病になった喜劇作家の"再"入院日記3

某月某日

咳が止まらず、リン酸コデインという薬を追加で処方される。麻薬らしい。朝昼晩と毎回、看護師が別に持ってくるという管理ぶりで、ちょっと怖い。そういう劇薬に頼ってるのか、今の私は。

確かに間質性肺炎は死に直結する病気だ。ネットで調べたら、診断後からの余命が3~5年とあった。怖い。かなり怖い。

*

サチュレーション(SpO2)という血中の酸素飽和度を測る機器を指につけている。健常な人では96%以上の数値を示すが、私は90%をきることがザラで、常時、酸素吸入の管を鼻からぶら下げることになった。シャワーは禁止。癒し時間を失う。

心電図モニターも体に取り付けられており、これで点滴治療も重なった日には、文字通り、がんじがらめだ。

*

その点滴によるエンドキサン治療が効いていないのか、KL-6という血液検査の数値に改善の兆しが見られないという。

そこで提案された新たな治療法が「血漿(けっしょう)交換」。

おどろおどろしい名前で怖気づいてしまうが、今は藁にも縋りたい状況。特に大事な治療ということで、ちょうど見舞いに来てくれていた母と一緒に説明を聞く。

要は、血液中で悪さをしている原因物質を含む血漿を取り出して廃棄し、健康な人の血漿と入れ替えて、また血液に戻す……という、人工透析のような治療だそう。

想像しただけでクラクラしたが、さらに驚いたのがその値段。一回につき42,000円ほど。これを数回行いたいという。

3割負担だと……頭の中の計算機を働かせてると、主治医の隣にいた研修医から、ぶっ飛びの言葉が発せられた。

「ただ、保険適用外なんですよね」

……無理だ、と即座に思った。でも、すぐには口に出せない。横を見ると、母も神妙な顔をして黙り込んでいた。当然だ。効果があるかやってみないと分からない治療に、42,000円×○回ね、はいOK! なんて即決できる人いますか? 回答は少し待ってもらい病室に戻る。

冷静に我が家の懐事情を考える。そもそも余裕のあるお金なんてない。フリーランスの身で当てにできる保険もないし、借金できるところもない。積み立てている貯金は……いやいや、あれは、1歳の息子のこれからのお金だ。

妻には言わないでおこう、そう決めた。

この治療はなし。私も聞かなかったことにする。その決意を母に言おうとしたら、「ごめんね。うちからも出してあげられる余裕がなくて」と、先に言われてしまった。「情けないわねえ」と。

「いや全然。聞いた瞬間から無理だと思ったし。別の方法を探してもらうよ、それでもしダメなら……」

言ってて自分も哀しくなった。
状況もそうだが、なによりこんな思いを、70歳になる母にさせてしまったこと。こんな悲しい言葉を、言わせてしまったこと。

裕福であったなら……。

同時にそんなことも頭をよぎり、それがまたチクチクと心を傷めつけた。

*

不意に母が、私の肺に手かざしを始めた。

「ハンドパワー。いいことが起きるかもしれない」

冗談なのか何なのか、それでも真剣に念を送ろうとする母を見て、私は何も言えず、しばらくされるがままにじっとしていた。

20分ほど経ったか、さきの研修医が飛び込んでくる。

「ごめんなさい。金津さんは難病受給者の認定が下りてましたよね? その範囲で出来ますっ!」

「えっ」と唖然とする私に、母はなぜか「ほら」と言った。


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