「血を入れ替えたら、カレー好きになった話」 ~難病になった喜劇作家の"再"入院日記6
某月某日
血漿(けっしょう)交換治療3回目のこと。
突然、体じゅうがポッと熱くなった。感覚的に言うと、情熱的な男の血が入り込んできた! って感じ。同じ血液型Aでも、自分とは正反対の性格。積極的で、社交的で、どんな困難にも不撓不屈の男。そして無類のカレー好き。
ちなみに私は、カレーが大のつくほど苦手。中学のとき、お店で食べたカレーの辛さに驚いてじんましんが出て以来、食べるのがおっくうになった。家の甘口カレーも駄目になり、やがて匂いにも嫌悪感が湧くようになったので、その後の人生はそれなりに苦労したほど。
熱くなった体は、次第に痒くなってきた。全身、掻きむしりたいほどの痒さ。じっとしていられない。見ると赤いブツブツまで出てきている。すぐにモニタリングしていた技師に伝え、医師を呼んでもらった。何かしら点滴を入れると、すぐに痒みはおさまって事なきを得た……のだが。
どうも違和感を感じる。これまでの2回とは違う。何かが体じゅうで蠢いてる。何かが私を駆り立てる。
カレーが食べたい!
突き上げてくる衝動に、自分もびっくりした。
その欲求は、治療が終わり病室に戻ってからも続いた。むしろ強まった。気がつくと、ずっとカレーのことを考えている。ネットで、病院近隣の美味しいカレーのお店をぐるなびるぐらいの入れ込みようだ。そんなこと今までの人生で一回もないのに。
夕方、様子を見に来てくれた主治医に思い切って尋ねてみる。カレー好きな人の血が入った気がするんですが?
きょとんとした顔で私を見る先生。
「医学的にはありえません。2週間もしたら、また自分で作る血液に戻りますし」
……ですよね。冗談めかしてお茶を濁す。
「痒みがまた出るようなら、薬を追加しますので言ってくださいね」
優しすぎる微笑みを残して去ってく先生に、二の句は継げなかった。しかし……。じゃあ一体、このスパイスを欲する気持ちはなんだろう?
解決を見ないまま、「退院したら食べたい市販のレトルトカレーランキング」をしたためていたら、夕食の時間になっていた。と、出てきたメニューはなんと、カレー!
私の看護カルテには、入院時より「カレーNG」と記してあるはず。なのになぜか今夜は代替品のハヤシライスではなくカレーが届いた。こんなことってあるだろうか? 間違えたにしても何かのフォースに導かれてるとしか思えない。引き寄せの法則。セレンディピティ。
我が意を得たりと、私はなんの躊躇もなく、約30年ぶりとなるカレーに口を付けた。
刹那――、
これだっ、と電気が走った。
おふくろの味。ふるさとの味。求めていたスパイスに、四半世紀を超えて巡り会えた奇跡。
一口、二口、三口、抵抗なく入る。じんましんなんぞ出てくる気配もない。皿を舐め上げるくらい綺麗に、かつ、美味しく平らげた。
水をがぶ飲みし、一息ついて、冷静に考える。
本当に自分の中の何かが変化してしまったのか。そうでなはくて、何か変化をしたがっていて、そのきっかけを探していたんじゃないか。
人は誰しも変わりたい願望がある。嫌いな自分から機会があれば脱皮したい。私も、小学校の転校時、大学入学時に性格をガラリと変えようとした。スピリチュアルな人になろうとしたのはいつだったかな。劇団を作った時なんかは、エキセントリックな天才になろうとして大失敗した。今回も私は無意識のうちに……。
何はともあれ。
私は今日、生まれ変わった。
新しい自分となって、明日からを生きていく。
体をポリポリ掻きながら、そう誓った。
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