幸せは時速20km/h で去る
ブオーンとスクーターが遠ざかっていく音にハッと我に返る。
見れば家族も各々無言で作業に集中していた。
妻はアイロンかけ。四歳息子はレゴブロック。私は私でネットの俳句投稿に入選して悦に入っていた。
夕食後、誰かしらしゃべっている騒々しい我が家において、この「凪」はとても珍しい光景。
折から吹いた風が、開け放っていたベランダの窓からレースのカーテンを揺らして部屋に入ってくる。顔を撫でられふっと涼しさを感じるや、湧き上がる一つの感情と出会った。「ああ今、幸せかも」と。
思いのほか音になったのだろう。
妻が「何、パパ?」と顔を上げ、四歳息子がやめておくれよ「幸せかもって言ったよ」とあからさまにした。
「やだ、死んじゃうみたいなの」とママがまぜっかえし、ばつの悪い私はタブレットに戻る素振りでごまかした。
しばらくすると再び「凪」が来たのでポツリ、
「俳句が選ばれたんだよ」と発したが、今度は誰も反応しなかった。
開きし窓夏の夜に去るスクーター
(あきしまどなつのよにさるすくーたー)
【季語(夏): 夏の夜】
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