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「ナースコール」~子供が産まれたと同時に難病になった喜劇作家の入院日記6

「オムツを交換しましょうね」

不意に看護師さんがカーテンを開けた。きょとんとする私。

「あ、ごめんなさい。間違えちゃったっ」

この少しおっちょこちょいな看護師さん(謝ってばかりいるのでペコちゃん)には、とてもお世話になっている。性格がおっとり型なので、私的には落ち着けていいのだが、人によってはイライラさせちゃうことも多そう。

「ナースコールしてんだから早く来てくれよっ」
「食事を下げろよっ。もう寝る時間だろ!」

よく、患者さんにどやされてる。

「ごめんなさい。お待たせしましたっ」
「そっちじゃねえよ、こっちだよ!」

    *

看護師は大変な仕事だ。特にここ内科病棟はお年よりも多く、「看護」というより「介護」的な役割も担っている。夜勤なんて、一人で何人担当してるんだってくらい忙しそうにしてるし。それでいて命と向き合う現場。間違えられないプレッシャーがある。

長く勤めるベテラン看護師は、判断が素早い。今、なにを優先すべきかを分かってる感じ。ナースコールの対応も迅速。ナースセンターに響き渡る音の時間が短い。

さらにスーパーな看護師になると、ナースコール自体が鳴らない。嘘みたいな話だけど実際そうだったんだもの。おそらく、患者さんごとにそろそろ何を要求されそうか既に分かっていて、呼ばれる前に対応しているのだろう。余裕が生まれるから、逆に「なにか不都合はありませんか?」と聞いてきてくれたりもする。

    *

入院生活の心強き味方である看護師。しかし私自身は、そのナースコールが押せない。どういう時にどのタイミングで押したらいいかわからないのだ。

「なにかあればすぐに呼んで下さいね」

そう言われるけど、その「なにか」はどこまで許されるのか。

患者さんによっては、どんなことでもコールする人がいる。自分で出来そうなのに、ジュースを買ってきて欲しいとか。テレビをつけて欲しいとか。布団を首までかけて。足がかゆい。なんとなく寂しいんだ。ねえ結婚してるの? ……etc.

看護師さんはどんなことでも笑顔で対応してくれるけど、内心はらわた煮えくり返ってんじゃないかと思うし。実際、気の強い人が多いって聞くじゃない? だから自分は、次、検温に来た時に言えばいいやってなっちゃう。
ということで、入院して3週間。今だかつて一度も押したことはなかった。

    *

機会が訪れたのは昨晩。隣の人がベッドから転落した。
うぅぅぅ……、と暗闇から声。
普段穏やかでバリトンボイスが特徴のおじさま。入院初日に病院の理容室を予約し、「明日からの闘病生活。すっきりした気持ちでのぞみたいからね」と大塚明夫さんばりの声で言い放った、メンタルも強いダンディ紳士。その紳士が今、尋常ならざる声でうめいている。

今、押さないでいつ押す? 躊躇なく、枕もとにあるナースコールを押す。ペコちゃんがやってくる。

「どうされました?」
「私ではないんですけど……」
「あーごめんなさーい! 真夜中なのに」
「いや、いいんです。隣の方が落ちたみたいで」

状況を把握したペコちゃんは、顔色を変えて、そのままダンディ紳士の対応にいった。(どこも怪我無く無事だったようです)

自分のことじゃなかったけど、押せてよかった。
なるほど、こういう感触なんだな、ナースコールのボタンって。次、押す機会はいつになるだろう……、と考えながらリクライニングを下げて寝ようとしたら、ベッドに挟まってまた押してしまった。

「はい。どうされました?」


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