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「隣人トラブル」~難病になった喜劇作家の"再"入院日記9
夜中。と言ってもまだ午後9時10分。突然、同室の親父がカーテンを開けて怒鳴り込んできた。
「いつまで電気つけてんだっ。9時過ぎてんだろっ!」
その剣幕、怒声にたじろぐ。
「消灯時間過ぎてんだよっ。迷惑だろがっ!」
時計を確認する。確かに10分過ぎてる。しかし、この言い方は……。
*
以前より、この親父には警戒していた。とにかく短気で、看護師や同室の他の患者に対しても愚痴や文句を言いまくる人。特に規則・ルールに厳しく、つい一昨日の夜も隣人のテレビの音漏れに激昂していた。
言ってることは正論なので反論は出来ない。でも、その一方的な言葉の暴力のふるい方に、嫌悪感を持っていた。出来るなら関わりたくない、極力スルーしたい人物と。
今夜は油断していた。書いていた台本の世界に没頭していたのもある。嘘をついていた男の所業が皆にばれ、言い訳してごまかそうとする台詞。それが浮かばず煮詰まっていたのも災いの元だった。
普段の私は気が弱く、周りに迷惑をかけたくないのでルールは厳守するタイプ。消灯時間5分前には電気を消す人間である。
肺が破れて以来、体を動かすことが困難で、ベッド頭上後方にあるスイッチを押すことすらままならなかったため、消灯は見回りにくる看護師に頼んでいた。
その見回りが遅れていたのが計算外。ほんの10分程度だが、親父にとっては許せなかった。
「まぶしくて寝れねえよ。ルールを守れ、この野郎っ!」
まくしたてながら近づいてくる。私は返した。
「……看護師に言ってくれよ」
努めて冷静に言ったつもりが、反抗心から少し語尾が乱暴になった。それが相手の怒りに油を注ぐ。なにっ !? コノヤロー!!
「自由に動けないんだよ」
一転、同情を買うような言い方に、一瞬相手もたじろいだが、振り上げたこぶしはおさまらない。勢い、ベッドに覆いかぶさるように迫ってきた。
「だったら消してやるよっ!」
言葉自体を分析すれば、優しさも10%くらいは含まれてるのかもしれない。スイッチ押せないならおじさんが消してあげるね、って。しかしその時の私にそんな解釈をする余裕はなかった。あるのは恐怖と怒り。
「出てけ!」
大声を張り上げる。悲しいかな、肺活量もなく、声が出なくなってる私の叫びは、ヒューとした空気の漏れにしかならなかった。むしろ無理した結果、咳き込んでしまう始末。ゴホゴホ!
そのむせかえるほどの咳が、相手を躊躇させた。親父は伸ばした手をいったん引っ込めた。怒号を聞きつけた看護師が飛び込んでくる。なだめられ、どうにか連れ戻される親父。その間もずっと正義の主張と私への罵倒が繰り返された。
腹立つやら、悔しいやら、悲しいやら。特に自分を制御できず、怒鳴り返した行為を激しく後悔。これでさらに肺が破けたら……。
興奮で体の震えと咳が止まらない。優しい看護師がすぐに察して、しばしの時間、抱きしめてくれた。
*
その後すぐ個室に無料で移される。ようやくおちつき、台本を再び考えようとしたら、今度はフツフツと湧く怒りに支配された。
自分が健康で体が動いていたら(ここにいないけど)、あんな奴に言われっぱなしにはしておかない。ボコボコに殴って病院送りに(もう病院だけど)してやる。
何度もそんな妄想をしていたら、心拍数が130bpmを超えたらしい。看護師が再び何事かと、医師を連れて飛び込んでくる。頭の中で暴力をふるってましたとも言えず、つい
「いや、ホント、なんもやってないっすよ」
その日考えた中で、一番陳腐な台詞を発していた。
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