見出し画像

アンソフィー・ギュエ "INNER SELF"について

ベルギー在住の作家Anne-Sophie Guillet(アンソフィー・ギュエ)の作品"INNER SELF"と出会ったのは2016年だった。このとても美しい、しかし何か不思議な雰囲気をまとったポートレート作品に心を動かされた私は、初めて彼女と会いプリント作品を見たその場で、私が運営するギャラリー、POETIC SCAPEでの展覧会開催を即決してしまった。

画像1

その時私が感じた「何か不思議な雰囲気」は、モデルの性別が男性か女性かはっきりしないことから来ていたのは明白だった。通常、展覧会を開くにあたり、ギャラリストとしては来場者に説明するためにも事実関係を確認しないといけない。この場合の確認事項は「モデルとなっている人々はいわゆるトランスジェンダーなのか」であった。しかし、アンソフィーのプレゼンの中には、その点について明確な言及はなく、私もそのはっきりしない状態がなぜかどうでもよくなってきて、結局曖昧にしたまま3年の月日が流れた。

画像2

アンソフィーは3年かけて作品数を地道に積み上げていき、2019年、ついにCase Publishingから写真集「INNER SELF」が刊行、同時にPOETIC SCAPEでの展示もスタートした。作家もブリュッセルから来日。ギャラリーでの来場者との会話や写真評論家のタカザワケンジ氏とのクロストークなどを通じて、作品のコンセプトや製作プロセスが語られた。

画像3

INNER SELFという作品は、男と女という性別二元論に収まらない外見を持つ人に街で声をかけ、プロジェクトを説明し、「撮影に興味があったら連絡をください」という言葉と共に自分の連絡先を渡すことから始まる。連絡がきた人と日時を決め、相手の家かアンソフィーの自宅で撮影をする。

使うカメラは中判のフィルムカメラで、ストロボなどは使わず自然光のみで撮影。ほとんどの場合、撮影時間は多くても2時間、使うフィルムは1〜2ロール(つまり10〜20ショット)で済むらしい。デジタルカメラのプレビュー機能で写真を確認しながら数多くシャッターを切るのではなく、被写体とゆっくり時間をかけ向き合い、ある種の関係を築き上げながらの撮影には、フィルムカメラの方が適しているという判断だろう。このようなプロセスを経て完成した作品は、静かさと強さを同時にたたえている。

画像4

何人かの来場者から、私が忘れかけていた質問が寄せられた。「モデルの人たちは皆LGBTの人たちなんですか?」それに対するアンソフィーの答えは「わからない」だった。先に述べた通り、彼女は男性女性の区別がはっきりしない人に声をかけ撮影しているのだが、その人たちがトランスジェンダーなのかどうかは、実はそれほど重要ではないという。いわゆる生物学的な性別は、撮影した写真を作品として発表するための契約書にモデルがサインするときに名前から推測できる程度で、性別やセクシャリティーに関しての確認は必要ないとのこと。実際はもっとシンプルに、性別二元論からはみ出している人々を魅力的だと感じ撮影するという、純粋な衝動によって撮り続けているという印象を受けた。

ほぼリアルサイズにプリントされ、作家の希望でアクリル無しで展示された作品を見つめると、多くの人は「この人は男なのか女なのか」と心の中で判断しようとする己の声に気づかされる。アンソフィーは性的マイノリティーの問題に触れつつも、その問題を過度に政治的には押し出しはしない。したがって被写体となった人たちがLGBTのどのカテゴリーにモデルを当てはまるかということも重要視していない(それは男と女というカテゴリーに当てはめることと、それほど違いがないことかもしれない)

画像5

むしろ他者の外見を我々を含めた社会がどう受け取るのか。実はそれこそがこの作品の重要なテーマの一つなのだ。鑑賞者は写真に写る人物を見ていたはずが、いつの間にか自分自身の心の奥底を覗き込むことになる。私は当初持っていた、モデルたちの性別を明確に知りたいという気持ちが徐々に失せ、その曖昧さから来る、ふわふわした状態に心地よさを抱くようになった。

3月16日に始まった展示も、そろそろ終わりを迎える。企画した私自身も多くの気づきを得られる良い展示になったが、唯一の悩みは、このポートレート作品を家に飾りたいという人がなかなか居ないこと。(サイズもまあまあ大きいし。。)あまりに同様の声を聞くので、試しに展覧会のセレクトから外れた一点を自宅にかけてみた。妻は「いつも見られていてドキドキする。。」と言っていたが、3日目ぐらいから何も言わなくなったので、あ、慣れたのかなと勝手に思っている。

画像6

===============
アンソフィー・ギュエ 展|INNER SELF
会場:POETIC SCAPE
住所:東京都目黒区中目黒4-4-10 1F
会期:2019年3月16日(土)− 4月27日(土)
営業時間:水~土 13:00-19:00
日・月・火 休廊
協力:CASE |六甲山国際写真祭




いただいたサポートは、POETIC SCAPEの活動を通じてアーティストをサポートするために使わせていただきます。サポートをぐるぐる回していければ素敵だなと思っています。