ターゲットを差別化した『紙つなげ!』
前回の宣言通り、2014年に担当したノンフィクション『紙つなげ! 彼らが本の紙を造っている 再生・日本製紙石巻工場』(佐々涼子・早川書房)の編集方針などを思い出しながら書きます。
○早川書房へ入社
○こうして企画は始まった!
○誰を読者ターゲットに?
○ターゲットを変える
○新聞広告より効果があるもの
○早川書房へ入社
いま勤めているキノブックスに入る前、僕は早川書房という老舗出版社にいました。
たしか2012年から、15年の夏までかな。
早川書房は海外翻訳作品を中心に、日本人作家のフィクションも出しています。
けれど僕は、そのどれにも属さない、「日本人作家のノンフィクション」を主に担当する編集者として中途入社しました。
○こうして企画は始まった!
早川書房に入社後しばらくたったある日、専務から50ページくらいの写真集を手渡されました。
聞くと、宮城県石巻にある日本製紙の工場が、東日本大震災の津波で被災したけれど、たった半年で再び紙を生産できるようになったとのこと。
その写真集には、津波から逃げる従業員、がれきだらけの工場内、そしてそこから工場の再始動に至るまでの奮闘の様子が載っていました。
「こういった写真がたくさんあるから、それらをまとめて震災の写真集みたいなのが作れないか、考えてくれ。ほかの社員はそういうのを作り慣れてないけど、君ならできるんじゃないか」
○誰を読者ターゲットに?
少し話がずれますが、編集者が企画を考えるとき、誰をターゲットにするかを大切にします。
それを決めないと、内容も決まってきません。
ファッションでたとえると、誰が着るかわからないけど、とりあえずコートを作ろう、なんてありえないですよね。
誰が着るのか、つまり誰を喜ばすのかによって、素材、色、形、などが決まってくるのと同じことです。
さて、
正直なところ、震災の写真集はすでに数多く出版されていましたし、震災からすでに2年以上(当時)たっていた以上、目新しさもありません。
仮に出版したとしても、売れるとは思えませんでした。
ただ、引っかかるところもありました。
○ターゲットを変える
当時は、キンドルが発売され、
「出版業界にも電子書籍の黒船来航! いよいよ紙の本は死ぬのか!」
といわれ始めたころです。
また、書店が次から次へと閉店していることがメディアでも取り上げられるなど、出版業界全体はもちろん、書店員がかなり疲弊していました。
僕は思いました。
「この企画はターゲットを、震災写真集に興味のある人ではなく、出版業界の人、とくに書店員にしたら良いのでは?」
さらに考えました。
「書店員が私ごととしてこの本を捉えてくれたら、その感動をお客さんに伝えたくて、直筆POPとか書いて、他の本よりも熱く推してくれるのではないか」
そして思いました。
「本の紙を造っている石巻工場の復活劇は、紙の本を扱っている書店員へのエールになるはず!」
○新聞広告より効果があるもの
新聞や電車に広告をうったり、テレビで取り上げてもらったりするのも、もちろん効果があります。
けれど、一番効果があるのは「口コミ」です。
人間は、感動したら誰かにそのことを伝えたいという欲求があります。
そして、その感動は広告よりもずっと伝わるのです。
ということで、通常の本の場合、ターゲットは
「37歳、中間管理職で上司と部下の板挟みにあって人間関係に困っているビジネスマン」
といった具合になります。
けれど、この本の場合、ターゲットを「書店員」にしました。
もっと詳しく書くとすれば、
「自分の仕事が好きだけど、衰退産業と言われたりして、このまま仕事を続けていいのか悩む書店員」
に設定したのです。
ということで今回は、他の震災関連本とターゲットを差別化することによって、『紙つなげ!』は、写真集から、ノンフィクション読み物になったという話でした。
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