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鯖江のソクラテス

武蔵野美術大学 大学院造形構想研究科 クリエイティブリーダシップコース クリエ イティブリーダシップ特論 第3回 森 一貴さん(2021年4月26日)

 クリエイティブリーダシップ特論第3回の講師は、Project Manager/Service Designerとして鯖江市を拠点に活動されている森 一貴さんです。「木こり」から始まった今年のクリエイティブリーダシップ特論の講師は、昨年以上に自由に活動されている方が多い印象で、最初の講師紹介をどのように書けばよいのか悩みがちですが、森さんについてもまさにそんな感じ。「大手コンサル → サービスデザイナー」という表面的な紹介では誤解を与えてしまいそうですので、早速活動内容から入っていくことにしましょう。

 この日は森さんの様々な活動の中から、
・ 「田舎フリーランス養成講座鯖江
・ 産業観光イベント「RENEW
・ 「ゆるい移住」全国版
・ 探求型学習塾「ハルキャンパス
・ 福井県庁の高齢者の短期就労者を増やす政策デザインプロジェクト
・ 鯖江市でのシェアハウスの運営
といった具体例をご紹介いただきましたが、その中でも特に印象的だったのがRENEWと福井県庁の政策デザインプロジェクトです。

 RENEWは、鯖江市・越前市・越前町で2015年以降開催されている、持続可能な地域を目指すための産業観光イベントです。年に1回、3日間にわたり、地域の工房が一斉開放され、来場者は工場見学やワークショップを通じて、職員人の技術や想いを体感できるとともに、マーケットやトークイベントも開催されるとのこと。

 メガネや漆器の生産が有名な鯖江ですが、BtoBが主体のため、コンシューマ向けの商品を作っているにも関わらずエンドユーザーとの距離が遠く、 職人がエンドユーザと対話し、気づきの機会となれば、との想いでスタートしたそうです。
 来場者は職人の技術に驚き、これが驚かれるのかと職人も驚くという、気づきの連鎖が発生しているとのお話でした。

 自分も仕事柄、各地の中小企業を訪問して、ものづくりの現場を見せていただくことが多いので、その驚きの感覚、よくわかります。昨年末は、新潟の柏崎の企業で「二色成形」の現場を見る機会があったのですが、自動車のインパネの色が印刷ではなくプラスチック自体を二色の樹脂で成形していること、それが高度な設計力と機械操作の技術に支えられていることを知り、感銘を受けました。

 こうした技術や作り手の想いを知ると、身の回りにある一つひとつのモノの価値が違って見えてくるし、私たちの日々の暮らしは大切に作られたモノに囲まれていることにも気付かされます。
 本当の豊かさは、そうした気づきから始まるのではないか。今年はムサビ市ヶ谷の舞台を活かして、それを発信する企画を実行したいと考えていますが、森さんのお話はその企画に向けての大きなヒントになりました。

 福井県庁の政策デザインプロジェクトでは、県庁が政策を作って市民に押し付けるのではなく、市民が政策を作る仕組みに注力されたとのこと。具体的には、県庁職員が市民に対してデザインリサーチを実践することを重視されたそうです。
 その関連で森さんがお話しされた、「主=提供者」と「客=受け手」の二項対立を崩す、「主客融解のデザイン」がとても印象的でした。
 これはサービス・ドミナント・ロジックでいうところのアクターによる資源統合という考え方とも合致し、こうした一方通行→共同作業的なものの見方が、これからの社会を変える大きなトレンドになっていくだろうと、改めて感じた次第です。

 最近読んだ「哲学の起源」という本が非常に面白かったのですが、そこには古代イオニアで発達したイソノミアという政体が紹介されています。イソノミアとは、自由と平等が両立する「無支配」の社会で、民主主義とはいえ公的な権力者が「統治」するような社会ではなく、独立した私人が協力し合いながら形成する自由かつ平等な「統治のない」社会です。
 古代アテネで、ソクラテスはそのイソノミアを目指して活動したそうですが、その際に彼は権力をもって指導するのではなく、一私人としてアゴラ(広場)に行って誰彼となく市民に話しかけて問答に巻き込んだ。そうして、下からの変革、個々人からの変革に努めたそうです。
 そんな本を読んだ後だったこともあり、森さんはソクラテスのような方だ、というのが全体を通じての感想です。


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