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知的財産(知的資産)はどこに在るのか?

 昨日、東大田村先生の「知財の理論」を読んでいて、いろいろ考えるところがあったので、今日はその一部を備忘録的に。

 「知的財産」とは何か?という本質的なところを考察した論文がないかと探していたところ、書店で見つけたのがこの本で、興味をもったのが第1章の
 3.「知的財産」とはいかなる意味において財産か?
の論説です。

 「知的財産」というと、無形の資産であるとはいえ、「財産」というからには何らかの独立した客体が存在するかのような印象を与えるので(田村先生が仰られているところの「メタファの力」)、私自身、知的財産のことをこんな絵を示したりしながら説明しがちです。

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 ところが田村先生は、こうしたあたかも客体が存在するかのような知的創作物・知的財産について、「人の行為から分離した知的創作物あるいは知的財産なるものを観念するのは、単なるフィクションに止まる」ものであり、「多種多様な人の行為の中から類似するパターンを抽出し、それに知的創作『物』あるいは知的『財産』というレッテルが貼られているに過ぎない」、「一般に『知的財産権』という権利は、実は人の行為に対する規制に他ならない」と説明されています。

 この議論を詰め始めると限りなく時間が過ぎていきそうなので深入りは避けますが(「知財の理論」では、この考え方を前提に知的財産に関する制度論に展開していきます)、たしかに人が考えたアイデアでも特許=財産として保護されるか否かには人為的な境界があることから、これを「財産」と呼ぶのはメタファであり、明確な客体が存在するわけではないのは事実でしょう。

 では、その知的財産(ここでいう知的財産は行為規制の対象になり得るものなので、知的財産基本法に定義されている発明・考案・意匠・商標等ということになります)のさらに根っこというか、実態であるところの、行為規制の対象とはされていない範囲まで含めた技術資産やブランド資産は、会社に「存在している」と言えるのか?(ここでいう「技術資産」や「ブランド資産」は「知的資産」に分類されるものですが、広義の「知的財産」と捉えられることもあります。)
 そんなことを考えていたところ、あることに気づかされました。

 技術資産については、たしかに会社に所属する従業員が使いこなし、会社でマネージメントされているものなので、会社に「存在している」と見立てても違和感がありません。
 一方のブランド資産ですが、これは会社に「存在している」といえるのか。
ブランド資産を構成するところの信頼・愛着・憧れといった要素は、会社自身が感じる性質のものではなく、顧客や取引先等のパートナー、つまりステークホルダーの心の中に在るものです。ロゴマークの使用規則や商標権の維持管理など、会社がマネージメントしている部分もありますが、その実体がどこに存在するかというと、それは会社に関係する外部の人々の心の中であって、会社の中にあるわけではありません。 

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 なぜこの違いが気になったかというと、山口周氏の「ニュータイプの時代」に書かれていた以下のフレーズについて、なぜそうなるかという原因がここにあると気づかされたからです。

 つまり「素晴らしいテクノロジー」と「素晴らしいデザイン」だけでは「素晴らしいプロダクト」はできないということです。何が問題なのでしょうか?
 最大のポイントは「テクノロジー」も「デザイン」も、非常に「コピーされやすい」という点です。・・・(中略)・・・「デザイン」と「テクノロジー」を主軸にして形成された競争力というのは、コピーという攻撃にさらされた際に非常に脆弱だということです。
 一方で、何かコピーしにくいのかと考えてみると、ここに「意味」というキーワードが浮かんできます。その製品やブランドが持っている固有の「意味」はコピーできないのです。

 「テクノロジー」や「デザイン」がコピーできるのに、「意味」はなぜコピーされないのか。その理由は、会社に在る技術資産や外形的なデザイン資産は、その会社から持ち出すことによってコピーできるけれども、「意味」につながる信頼や愛着、憧れといった心情は、顧客をはじめとするステークホルダーの心の中に在るから、その方向を片っ端から自分のほうに向けさせるなんてことは、そこは人の内心に関わる問題なので、簡単にはできないわけです。
 もちろん、技術資産についても「だから、それを守るために知財マネジメントが大事なんだ」という話はありますが、法の力には一定の限界があることは否めません。ビジネスを持続させるためにブランドの確立が最強の手段になるというのは、そういうことなのではないかと思います。

 それを図示してみるとこんな感じ。

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 ステークホルダーの信頼や愛着を「知的財産」と表現するのは適切ではないかもしれませんが、ビジネスを支える根幹が分散されていれば、真ん中を攻撃されたとしてもダメージを受けにくいということです。
 これって、どこかで見たような気がするのですが、そう、ブロックチェーンの分散型台帳と同じ発想ですね。
 以前に「価値デザイン社会と知的財産」の記事に、価値デザイン社会における知財戦略について、「新たな価値を創出する事業の参入障壁は、共創者との関係性を含めたエコシステムに依存することになるでしょう。さらに言えば、こうした世界観には『参入障壁』という言葉自体が適合的ではなく、代替性のないエコシステムの構築が事業の永続性につながると表現した方がよいかもしれません。」と書きましたが、それとも繋がる話ではないかと思います。

 今週は福島の南相馬でセミナー&ワークショップが予定されているため、そこで事例として紹介したいということで、ユニークな取組みをされている中小企業2社にお許しを頂戴すべく連絡をとったのですが、どちらの企業からも「当社の事例が少しでも参加企業の参考になり、お役に立てれば嬉しい」とご快諾をいただくことができました。
 こうした経験をするたびに思うのですが、知財活用がうまくいっていると言われる中小企業の中には、知財権の力で競合との競争に勝って伸びているというより、周囲との関係性の中で必要とされ、求められる会社として存在し、その関係性の構築に知財も一役買っている、という企業が多いのが実態であるように感じます。

 昨日気づいたばかりで、まだまだ生煮えの状態ですが、「(広義の)知的財産」は社外にも在る、という見方が、知財について考える新しい切り口になるかもしれません。

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