土生 哲也(Habu Tetsuya)/株式会社IPディレクション
価値デザイン社会と知的財産
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価値デザイン社会と知的財産

 本日は、ムサビのレポートではなく、本業の知財関連の投稿です。

 直近に公表された知的財産推進計画2021では、ちょっとトーンが弱まってしまっている印象ですが(「価値デザイン社会」のキーワードも昨年くらいから「価値デザイン経営」に切り替わっています)、2018年に策定された知的財産戦略ビジョンに掲げられた「価値デザイン社会」に向けて知的財産の意味や役割はどのように変化していくのか、昨年からセミナー等で説明している内容の要約です。
 さほど目新しい話ではありませんが、時代背景を踏まえた変化の骨格を、できるだけわかりやすく整理してみたいと思います。

1.時代背景

 まず、価値デザイン社会への転換が求められる背景について、近時は各所でこうした文脈で語られることが多く、やや食傷気味となっている感もありますが、要点をザッと確認しておくと以下の通りです。

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 旺盛な需要に対して供給が不足していた20世紀は、「良いものを作れば売れる」環境が続いたので、企業は機能の向上やコストダウンに努め、日本のメーカーが優位性を発揮してきた。こうした機能や価格で競争する時代は、大規模な設備(裏を返せば資金力)を有するものが有利であり、保有する有形資産が価値の源泉となっていた。
 ところが21世紀になると、中国や東南アジア諸国の台頭で供給力のブレイクスルーが起こり、供給力が需要を上回るようになる。多くの製品の機能が需要側の満足するレベルに到達してくると、20世紀型の発想で低価格競争や高機能化競争を続けても収益に直結することはなく、ただ「良いものを作れば売れる」という時代は終わり、買い手の多様な価値観に訴求しないと選ばれない時代が到来した。そうした環境下では、設備やお金以上にアイデアを有する者が有利となり、無形資産が価値を生み出す源泉となっている、という現状認識です。
(詳細は、知財のビジネス価値評価検討タスクフォース報告書の7~13p.)

2.20世紀型の競争社会と価値デザイン社会

 つまり、20世紀型の競争社会を図示すると、こんな感じ。

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 より便利なもの、より安いものという、予測可能な価値を目指して、同業者が競い合うのが20世紀型の競争社会です。

 これに対して、21世紀の環境下で移行が進んでいる価値デザイン社会は、以下のイメージです。(公式のイメージ図は「知的財産推進計画2019概要」の5ページにありますが、ちょっとわかりにくいのでカスタマイズしました。)

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 ポイントは、ゴールとなる価値が最初から見えているわけではなく、従来の枠に囚われない思考を企業の枠を超えて融合させて、社会に新しいアイデアを提案する。その提案に共感する顧客やパートナーが集まり、ビジネスが広がって、新しい価値が共創される、という流れです。
 以上のような市場環境の変化は、競争から共創へ、と言われたりもしています。

 価値デザイン社会における価値の「共創」を理解するにあたっては、サービス・ドミナント・ロジックの考え方が参考になります。従来の(現在もですが)主流であるグッズ・ドミナント・ロジックが21世紀型の競争社会に適合するのに対し、サービス・ドミナント・ロジックは価値デザイン社会と親和性の高い考え方であると思いますが、詳細を書き出すと長文になってしまうので、ご興味のある方は「サービス・ドミナント・ロジックと知的財産」をご一読いただければと思います。

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 「共創」のキーワードは、最近のオープンイノベーションブームから、他社との提携といった文脈で用いられがちですが(協業の連想からか「協創」の文字が充てられるケースも多くなっているようです)、デザインやマーケッティングの世界における「共創」は、顧客との価値共創が本来的な意味です。
 「買い手の多様な価値観に訴求する」という目的から考えると、顧客を抜きにした企業間の「共創(協創)」は、企業側からの一方的な価値提供という20世紀型の思考の枠(上の表で言えばG-Dロジック)にとどまるものであり、価値の創出に顧客をどのように巻き込むかが本来的な「共創」の肝となる部分です。

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3.知的財産の意味・役割はどのように変化するのか

 では、社会がこのように変化する中で、知的財産の意味や役割はどのように変化していくのでしょうか?
 まずは20世紀型の競争社会における知的財産の位置付けです。

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 予測可能な価値を目指して同業者が競い合う20世紀型の競争社会において、価値を実現するために見出した「正解」こそが知的財産であり、その正解をライバルにカンニングされないようにするための衝立が知的財産権と考えるとわかりやすいでしょう。
 そのため、これまでの知財戦略は、競争力の源泉となる知的財産にどのように参入障壁を築くか、という視点で論じられるのが主流でしたし、ゴールを明示できる知財戦略には計画的な遂行が求められました。

 これに対して、ゴールとなる価値が見えない価値デザイン社会において、企業が有する知的財産は、競合より先に到達した「正解」ではなく、顧客や市場、社会に対する「提案」です。知的財産は「提案」の核となり、提案が顧客やパートナーの共感や協力を得ることで、新しい価値が創り出されます。

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 提案の核が弱いと新しい価値の創出をリードすることができないので、知的財産はその中身が問われるとともに、その核の外縁を固める知的財産権も強固であることが望まれます。これまでの知財戦略にも求められたように、質の高い地道な実務の実践は、これからも知財業務の肝であり続けるでしょう。
 その一方で、価値創出のプロセスには多様な共創者が参画し、オープンな状態で進行する事業開発の過程でも新たな知的財産が生じ得ることを考えると、自社の保有する知的財産権に依存して事業全体の参入障壁を固めるという戦略は現実的ではありません。
 また、こうした提案型の事業開発のプロセスは、アジャイルに進行するケースが多くなると考えられるので、新たに創出された知的財産を知的財産権で固めていくのは、テクニカル面で難しい問題(知財権取得のプロセスがスピード重視の事業開発の時間軸に合わないetc.)が生じることが想定されます。
 そうすると、新たな価値を創出する事業の参入障壁は、共創者との関係性を含めたエコシステムに依存することになるでしょう。さらに言えば、こうした世界観には「参入障壁」という言葉自体が適合的ではなく、代替性のないエコシステムの構築が事業の永続性につながると表現した方がよいかもしれません。

4.まとめ

 最後に、これまでの整理を以下の表にまとめておきます。

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 何やら型にはまった面白味のない記事になってしまった感もありますが、次回以降は、もうちょっとクリエイティブなネタを投稿していく予定です。

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土生 哲也(Habu Tetsuya)/株式会社IPディレクション
バブル世代の左脳型人間に、ムサビ・造形構想研究科で更新プログラムをインストールしました。あの水平線の上に立てると信じて、新領域の開拓に挑みます。