篁夜明

たかむら よあけ と申します。小説を書きます。今年こそ文学賞に応募する。北海道在住。

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たかむら よあけ と申します。小説を書きます。今年こそ文学賞に応募する。北海道在住。

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  • 泡沫の微熱【完結】

    note創作大賞2024 恋愛小説部門の応募作品です。秘密だらけの契約結婚と家族についてのお話。全36話。

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【創作大賞2024恋愛小説部門】泡沫の微熱1 契約①

「後悔していませんか?」  札幌駅北口すぐのタワーマンションの二十五階、西側の角部屋。ひとたびリビングに足を踏み入れれば、燦然と輝く札幌の夜景が視界いっぱいに広がった。一部屋余っているので自由に使ってください。そう提案されていたとおり、パウダールームの向かいの部屋の前には、段ボール箱が数箱積まれている。  結婚して新生活を始める──普通であれば浮き足立つに違いない展開なのに、私と彼の間で交わされたやり取りは終始事務的で、ビジネスの延長のようだった。 「後悔、とは?」 「

    • 創作大賞〆切日ですね!間に合うか最後までヒヤヒヤでしたけどなんとか間に合いました&文字数も収まりました(138800字 超ギリギリ)。作品を見つけてくださった方に心より感謝を。大きなお祭りに参加できて楽しかった~!またがんばろう。

      • 【創作大賞2024恋愛小説部門】泡沫の微熱36 相愛③【完結】

        【前回のお話】 【1話目】  気づけば夏が巡ってきていた。正直なところ、ここ数ヶ月間の記憶はかなり曖昧なのだ。  専務に就任してからというもの、寝ている時間以外はすべて仕事に傾けてきたと言っても過言ではない。おかげで家の中は荒れ放題だし、食にもすっかり興味が失せてしまった。  田舎の古びたホテルで最後の夜を過ごした日、茉以子は父さんに会っていた。急に会社を訪れ、離婚を受け入れる代わりに俺の専務昇格を約束してくれと迫ったという。  思い返せば、会食の予定だけでなく副社長のス

        • 【創作大賞2024恋愛小説部門】泡沫の微熱35 相愛②

          【前回のお話】 【1話目】 「おまえは真面目なくせに不器用で脇が甘くてもどかしいけど、羨ましいと思うところもたくさんある」 「なんだよ、それ」 「自分の欲しいものを手に入れようとするときに踏み止まれる堅実さって、つまんねえけどトップには必要な要素だよ。おまえには素質がある。器もある。心意気もある。足りないのは、勇気と勢いだ」  真夜中の薄暗いリビングに、兄貴の諭すような声が響いた。つい数日前までそこに座っていた愛おしい姿はない。可愛らしいルームウェアを着てキッチンに立ち、

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        【創作大賞2024恋愛小説部門】泡沫の微熱1 契約①

        • 創作大賞〆切日ですね!間に合うか最後までヒヤヒヤでしたけどなんとか間に合いました&文字数も収まりました(138800字 超ギリギリ)。作品を見つけてくださった方に心より感謝を。大きなお祭りに参加できて楽しかった~!またがんばろう。

        • 【創作大賞2024恋愛小説部門】泡沫の微熱36 相愛③【完結】

        • 【創作大賞2024恋愛小説部門】泡沫の微熱35 相愛②

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        • 泡沫の微熱【完結】
          36本

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          【創作大賞2024恋愛小説部門】泡沫の微熱34 相愛①

          【前回のお話】 【1話目】  宝物は、ふたつとないから尊いのだ。  肌寒さと心許なさで目を覚ますと、部屋の中が薄明るくなっていた。昨夜の、愛欲にまみれた蜜と栗の花の匂いは見事に跡形もなく、古びてすえた匂いだけがそこら中に漂っている。  左隣に横たわっていたはずの小さな身体を無意識に探るが、どこにも見当たらない。一気に覚醒したのと同時に血の気が引いた。いない。姿だけでなく、彼女のコートやバッグも。 「茉以子!」  裸のままベッドから転げ落ちるように降り、バスルームに飛び込ん

          【創作大賞2024恋愛小説部門】泡沫の微熱34 相愛①

          【創作大賞2024恋愛小説部門】泡沫の微熱33 清夏②

          【前回のお話】 【1話目】 「凪から聞いた。体調はどうだ」  実家に妊娠の報告をした数日後、つわりのせいで重だるい身体を引きずって会社を出ると、ぴかぴかに磨かれた真っ黒なセダンがビルの前に停まっていた。佐野社長とは違い、国産の高級車だ。 「良くはなさそうだな。早く乗りなさい」 「おとう、さん……どうして」 「妊娠した娘が誰の手も借りずにひとりで生活していると聞いたら、黙っていられないだろう」  お父さんに促されるまま後部座席に乗り込み、黒いファブリックシートに背中を預けた

          【創作大賞2024恋愛小説部門】泡沫の微熱33 清夏②

          【創作大賞2024恋愛小説部門】泡沫の微熱32 清夏①

          【前回のお話】 【1話目】  季節は残酷なほど確実に巡る。身も心も凍らせるような冬が過ぎ、路肩に積まれていた雪が少しずつ溶け、美しく開花したと思えばあっという間に葉桜に変わり、太陽がじとじとと存在感を増してくる。  夏は、思い出の季節だ。  十数年前の、炭酸水のような夏の一瞬。そして、思い出を塗り潰すように身体を重ねた、仄暗い夏の夜。あなたとの思い出は冬だけではなかったと、まだ真新しい傷跡が軋む。  うだるような、夏。蝉の声と暑さが身を溶かしてしまいそうな、夏。  わた

          【創作大賞2024恋愛小説部門】泡沫の微熱32 清夏①

          【創作大賞2024恋愛小説部門】泡沫の微熱31 夜行②

          【前回のお話】 【1話目】 「この歳で部長なんて職に就いているのも、あんなマンションや暮らしを手に入れたのも俺自身の力じゃない。俺が、佐野の直系の人間だからだ」  違う、と首を振るわたしの髪を宥めるように撫で、貴介さんが微笑む。もういいんだよ──そう言っているような表情で。 「この先うまくいくのかわからない。あなたに苦労をかけてしまうかもしれない。それでも」  額を擦り付けられ、キスが降ってきた。先ほどまでの荒々しいものではなく、こちらの気持ちを汲み取ろうとするような優し

          【創作大賞2024恋愛小説部門】泡沫の微熱31 夜行②

          【創作大賞2024恋愛小説部門】泡沫の微熱30 夜行①

          【前回のお話】 【1話目】  茉以子、と肩を揺さぶられてぼんやりと目を開けた。  すっかり座り慣れた上質なレザーシートが身体を包み込んでいる。ボリュームを絞った洋楽に、貴介さんの匂い。ああ、ふたりきりだと実感する。 「貴介さん、ここ、どこ……」  暗闇に赤が灯り、車が静かに減速した。フロントガラスの向こうに浮かぶ青看板の地名に思わず息を呑む。スーツ姿のままハンドルを握る彼を見遣ると、「びっくりした?」と悪戯っぽい笑みを浮かべた。 「び、っくり……どころじゃ、ないです。真

          【創作大賞2024恋愛小説部門】泡沫の微熱30 夜行①

          【創作大賞2024恋愛小説部門】泡沫の微熱29 愛情②

          【前回のお話】 【1話目】 「アポもなしに突然来るとは何事かな。いくら息子の奥さんとはいえ、私は仮にも一企業の社長でね」 「申し訳ありません。どうしてもお会いしたかったものですから」   強く言ったつもりなのに、口から出た瞬間に萎んでしまった。震えて情けない声はなんとかその人のところへ到達し、嫌味がたっぷり含まれた浅い笑いを引き出す。 「君が私に会いたいとは、珍しいこともあるものだね。用件はなにかな。どうやら、君の父親が貴介と小賢しく動いているようだが──」 「わたしが貴

          【創作大賞2024恋愛小説部門】泡沫の微熱29 愛情②

          【創作大賞2024恋愛小説部門】泡沫の微熱28 愛情①

          【前回のお話】 【1話目】 「たまには、わたしが貴介さんを迎えに行きます」  電話口のやたら明るい声に耳を疑った。聞けば、大通のカフェで弟と会ってそのまま別れたという。 「だめ。寒いし暗いし、俺が行くまで大人しく」 「ちょっと歩きたい気分なんです。着いたら連絡するので、待っててください」  十九時半になったころ、短いメッセージが届いてすぐに事務所を出た。入館ゲートをくぐると、すっかり人気のないロビーに華奢なコート姿がぽつんと立っている。 「茉以子、頬が赤いよ」  そう声を

          【創作大賞2024恋愛小説部門】泡沫の微熱28 愛情①

          【創作大賞2024恋愛小説部門】泡沫の微熱27 茨道④

          【前回のお話】 【1話目】 「申し訳、ありません。今日はこれで、失礼します」  空腹なのに吐いてしまいそうだった。社長室からの帰路を完璧に憶えてしまっていることを虚しく感じながらエレベーターに逃げ込み、到着すると同時に入館ゲートを目指す。  ロビーはあまりに明るくて目に眩しく、今にもブラックアウトして倒れそうだった。とにかく外へ、とふらつきながら歩いていると、見覚えのあるマウンテンパーカー姿が眼前を横切った。  いったん呼吸を止めて、そんなはずはないと目を凝らしてその姿を

          【創作大賞2024恋愛小説部門】泡沫の微熱27 茨道④

          【創作大賞2024恋愛小説部門】泡沫の微熱26 茨道③

          【前回のお話】 【1話目】  息を、呑んだ。  おそらくわたし以外も、全員が彼に圧倒されていた。なにより、佐野社長の驚いた顔を初めて見た。高揚感を漂わせている貴介さんをじっと見つめ、黙ったまま目を丸くしている。 「口ではなんとでも言えるだろう。一社員の分際で偉そうなことを」 「貴介は、できないことは口にしませんわ。昔から有言実行タイプなの」  憤慨して唇を尖らせる尚貴さんをぴしゃりと窘めたのはお義母さんだった。その声は決して大きくないのに、じっとりと這うように響く。 「未

          【創作大賞2024恋愛小説部門】泡沫の微熱26 茨道③

          【創作大賞2024恋愛小説部門】泡沫の微熱25 茨道②

          【前回のお話】 【1話目】 「僕の処遇について話し合うためにわざわざ集まっていただきありがとうございます。僕は死ぬほど眠いです。一年と二ヶ月余りぶりに寝坊できると喜んでいたら、朝六時に鬼嫁に叩き起こされまして。まあ普段は四時起きですので、十分に寝坊なんですが──」  初めて見る貴紀さんは、貴介さんとよく似た端正な容姿を持ちながら、身だしなみは雑然としていた。寝癖なのか無造作ヘアなのか、無精髭なのか意図的に伸ばしているのか判断がつかない。  わたしの真向かいに座る瑠璃さんは

          【創作大賞2024恋愛小説部門】泡沫の微熱25 茨道②

          【創作大賞2024恋愛小説部門】泡沫の微熱24 茨道①

          【前回のお話】 【1話目】 「来週の土曜、もう一度兄貴を呼び戻すって」  広い肩に頭を預けてグラスを傾け、そうですか、と相槌を打った。貴介さんがわたしに合わせて選んでくれたロゼワインは、甘酸っぱく洒落た味がする。 「またお得意の親族会議だよ。兄貴は退社の意向を固めてるのに、この期に及んで引き留めるつもりなのかな」 「佐野社長は、なんて?」 「さあ。それについては一切話してないから」  貴紀さんの失踪には、副社長──お父さんが絡んでいる。それは佐野社長も知らない事実で、貴紀

          【創作大賞2024恋愛小説部門】泡沫の微熱24 茨道①

          【創作大賞2024恋愛小説部門】泡沫の微熱23 道標③

          【前回のお話】 【1話目】 「奥さん、なんていったっけ。名前」 「茉以子」 「いくつ?」 「二十九。俺の六つ下」 「ずいぶんと若い子貰ったな」 「余計なお世話だ」 「よかったな。俺が知ってるおまえの中で、今が一番幸せそうに見えるよ」  兄貴は? そう訊き返そうとして、やめた。それをいまの兄貴に問うのは、あまりにも意地が悪い気がしたから。 「これから、どうするんだ?」 「なにが?」 「会社に戻る気はあるのか?」 「ないよ」  あっさりと即答され、口に放り込んだばかりのチー

          【創作大賞2024恋愛小説部門】泡沫の微熱23 道標③