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役名『死んでいる男』《ショートショート》

 ステージの幕が開いた瞬間、私は既に死んでいた。

 主人公が叫び、ヒロインが悲鳴をあげる。

 そんなオープニングを迎えたステージの真ん中に私はいた。

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

 私は最初から倒れている。

 うつ伏せに倒れたままの身体を起こすことは許されない。

 ホームズハットを被った探偵気取りの少年が幕尻から現れ、これは殺人事件だ、と宣言する。
 「そんなはずはないわ」と、悲鳴をあげていたヒロインが詰め寄るも、主人公がそっと静止して探偵気取りの少年を睨みつける。

 私は今も倒れたままだ。
 微動だにしてはいけない。
 なるべく呼吸も浅く、動いていないように見せないといけない。
 演技力が問われる。

 私はうつ伏せのまま、薄く開いた目で客席の方を眺めてみた。

 誰も私を見てはいない。

 2000人はゆうに入るだろうという大劇場で、ステージに4人しかいない登場人物の中に、一人の客さえも注目しないなんて事はほとんどないことだろう。

 しかし、私は死体である。
 幕開けから死んでいる登場人物に、注目する人などいるはずもないのだ。

 場面転換こそあれど、この部屋で全ての出来事が起こる演目だ。

 つまり、私はずっとここに伏せている。

 主人公と探偵気取りのやり取りや、いつの間にか現れた白髪でパイプをくわえたおじいちゃんが推理に花を咲かせていた。

 探偵気取りが証拠になりものを残そうと、私の服のポケットなんかに探りを入れてくる。

 くすぐったい。笑ってしまいそうだ。

 しかし、私は演技を続けている。
 まさに迫真の演技だ。

 私はセリフのない真の主人公。

 うつ伏せのままの私は、この演技をあと100分は続けなければいけない。

 私は超一流の舞台役者。

 この役を私に託した舞台監督を褒めたたえたいと思う。

 きっと今、眼前で私に一人も注目していない2000人の観客たちが、最後には私の驚きの演技に魅了されるはずだ。

 その時まで、そっと死に続けてみようと思う。

 しかし、そんな事を考えていたら、私はどうやら眠ってしまったらしい。

著:T-Akagi

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