男子トイレの幽霊《ショートショート》

※ ホラー表現が苦手な方は非推奨です

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 友人たちとの楽しい飲み会。
 ちょっと酔っぱらってしまって、終電もなくなっている。

 でも、歩いて帰れない距離ではない。
 そんな時、夜風で酔いを醒ましながら帰ることってありますよね。
 2~3キロでしょうか。
 てくてく、という程ではない速さで、ほろ酔いでちょうどいい感じ。

 すると、お酒をたらふく飲んだ膀胱は限界を迎えていることに気づいた。

 コンビニなどがない住宅街を横切っている最中で、周囲を見回したものの、周囲にトイレはない。

 少し焦りが出てきて、キョロキョロと周りに注意を払いつつ、早歩きで歩みを進める。

 角をまがる寸前、反対側にかすかにトイレらしきものがある事に気づいた。

 そこは少し大きめの公園だった。
 この公園は見覚えがある。

 今どこにいるかを瞬時に把握したが、周りにはこんな時間にトイレを貸してくれる場所はない。

 それに我慢出来なくなってきた。

 小走りで、公衆トイレに駆け込む。

 普段なら奥か手前を使うところだが、ほろ酔いの身体は広い真ん中辺りを求めた。

 男性用トイレの小便器は縦長の陶器で、どんな放物線を描こうと我をキャッチしてくれる。

 ギリギリのところで間に合い、徐々に身体から力が抜けていった。

 それと同時に、体内に残留していたアルコールが身体全体に回っていくような感覚に襲われ、自身がかなり酔っている事に気付かされた。

 ん?んん??

 目をつむっていた私は、途中からどこか違和感を感じていたが、終盤に差し掛かると、暑くもないのに背中から汗が吹き出ていることに気付いた。

 誰かいる。

 つむった目をすぐに開ければいいのだが、まだ膀胱を空っぽに出来ていない。

 誰がいるのか。たまたま同じ時間に居合わせただけなのか。
 そう言い聞かせるが、やはり相反する感覚も沸いてくる。

 こんな夜中の住宅街の真ん中にある公園の公衆トイレだ。
 私のような酔っぱらいが、フラフラ立ち寄るには偶然が過ぎる。

 気配は徐々に存在感を増す。

 後ろから、徐々に。

 存在を感じつつも、足音がしないことにも気がつく。

 初めて、これはヤバい、と確信した。

ー 誰!誰だ! ー

 しかし、声を出そうにも声が出ていない。
というより、首から下に全く力が入らない。
 よって喉から声も出ないのだ。

 かろうじて浅い呼吸をしている私は、まだまだ近づいてくるそのモノの正体が、どんなモノかを確認しなければいけない、という衝動にかられた。

 しかし、首はまだ動かない。

 ようやく、膀胱がスッキリした瞬間、先ほどまで開かなかった瞼を開くことが出来た。

 恐る恐る目だけで出来る限り後ろを見ようとした。

 そこに立っていたモノ。

 そこに存在していたモノは…

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 次の瞬間、真っ暗な壁を眺めていた。

 頭痛が残っていたが、身体にはちゃんと力が入る感覚がある。

 ようやく、目をつむっている事に気が付き、重い瞼を持ち上げた。

 そこは、病院の天井だった。

 部屋は薄暗く、朝か夕方か。

 どこからか、少しだけ声が聞こえて来たので、こちらも呼び掛けてみた。

― すいません、すいません! ―

 バタバタ、と少し急ぎ足で駆け寄る音を聞いて、私は安堵した。

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 どうやら、私は公衆トイレに倒れていたらしい。

 発見した女性が、119番してくれたようで、酒の臭いから、酔っぱらいが倒れているという風な話だったらしい。

 到着した時には、その場に倒れた私だけがいたそうだ。
 結局、その電話が誰からのものだったのか、未だにわからない。

 その日のうちに退院出来た私は、すぐに職場に電話して状況を説明。

 怒られると思ったが、むしろ心配されてしまった。
 それに、何故か無事で良かった、と励まされてしまった。

 なぜだろう、と考えながら、帰路に着こうとしたが、ロビーでまさかの光景を目にすることにる。

≪ 死傷者多数 昨夜未明のビル崩落事故 ≫

 ロビーのテレビには、ビルが崩落し大惨事となって、負傷者がタンカーで運ばれる様子が映し出されていた。

 待ってくれ。

 崩落して原形を留めてはいないが、周囲の光景から、それが間違いなく自宅があるビルだった。

ー この近くみたいですね。 ー

ー え、もしかして◯◯◯(住所)あたりですか? ー

ー そうですそうです。朝から大騒ぎで、うちにも何人か患者さんが運ばれていましたよ。◯◯さんの倒れていた場所からも遠くないと思います。 ー

 退院手続きをしながら、看護士さんがそう教えてくれた。

 あの公衆トイレに立ち寄らなければ、あのトイレで意識を失っていなければ、私はきっとそのまま帰宅していただろう。

 私は、あのまますんなり自宅に帰っていれば今頃、ビルの下敷きになっていたかもしれない。

 きっと帰る家もないなまま、またその公衆トイレへと吸い込まれるように足を向けた。

 自身が倒れていたであろうその場所には、亡くなったはずの母のイヤリングが落ちていた。

著:T-Akagi

あとがき
 本当はガッツリ怖いホラーを書こうと思っていましたが、まだまだ恐怖をあおるような表現が自分にはできないようです。
 何か不思議な力が働いているんじゃないか、と思うくらい都合のいい偶然ってありますよね。
 それを思い出して、かなり話を大きくして書いてみました。
 自分で書いてて、途中ハラハラしてしまいました 笑


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