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隣人はなぜ大声で叫んでいるのか《ショートショート》

 映画を観ながら少しのお酒をちびちび飲んで過ごす夜中3時。
 外から聴こえて来る音はせいぜい車か人の歩く音、あとは猫の鳴き声くらいだ。

 しかし、その日は意外な事に外が賑やかだった。

 最初、それはトントントンという扉か壁を叩くような音から始まった。

 映画を見ていた私は、『しまった。音量が多き過ぎたかな。』と内心申し訳ない気持ちで、最低限聞き取れる音量まで下げた。

 窓を開けて小さい声で、

「音大きすぎました。ごめんなさいー。」

と言って見る。ほとんどひそひそ話くらいの声だ。
 反応は特に返って来なかった。どこに聞こえてるわけでもないだろうから、当然と言えば当然。
 それでも、少しだけ気が紛れた事で、映画を見直すことにした。

ー・ー・ー・ー・ー・ー

  テレビ画面に映し出されているのは、執拗なほどの人種差別を受けつつも、気丈に振舞っている主人公。服装も街並みもオシャレなフランス映画だった。

 自分自身も少しオシャレな気持ちになれる映画で、なおかつ差別のない世界をちょっとだけ志し高く持てるような素敵な映画だったが、再び外が騒がしい。

 今度は何やら大きな声が聞こえた。それは異国語で多分英語だ。
 外で揉め事が起こっているかもしれないと思うと居てもたってもいられない。

 字幕無しの英語を観ているような、そんな感覚でカメラ付きのインターホンを覗き込んだ。

 そして、そこには想像を書き立てるような映像が広がっていた。

 大声を上げているのは恐らく隣の家の人だった。そうは言っても隣は定期的に人が入れ替わる借宿のような家だった。

 なぜこんな時間に外で電話しているのか。
 気になったが、直接外に出て聞くような勇気はない。しばらく様子を見る事にした。

 彼は誰と話しているのだろう。

 相手は男だろうか。それとも女だろうか。
 さすがに電話相手の声までは聴こえて来ない。

『No Fucking Way!!』
 いきなり汚い単語が聞こえてきて驚いた。恐らく「あり得ない!なんだそれ!」みたいな事を言っているようだ。
 もちろん私は英語が聞き取れないが、単語が節々聞こえてくる。

『Close the key…!!』
 鍵閉めるなんてさぁ…みたいな事だろうか。
 もしかして、一緒に住んでいる妻なのか彼女なのか?閉め出された??

 私は再び窓を開けて覗いてみた。今度は部屋を真っ暗にして。

 深夜3時半頃、少し雨が降っている。
 静かなはずの夜中に、少し背が高くガタイがいい男性が大声を出している。
 他の隣人はとうの昔に気付いているだろうが、決して出てこない。さすがに110番しようか。そう思っていた瞬間だった。

" ガチャ "

 隣の家と思われる方向から鍵の開く音がした。

『What's your proglem!?』
 安堵というよりは「何なんだよ」的な感じだろうか。
 鍵を開けてくれたにも関わらず、隣人たちは静かに口論しながら、自室に戻っていき、次第に声も聞こえなくなった。

 まあ、これで落ち着くかな。
 そう思っていたら、更に30分ほどしてから、扉の閉まる音と同時に駆け出す音が聞こえた。
 雨音よりも大きな足音が遠くに消えて行った。

 一件落着。日常を取り戻したかに見えた。

 しかし、それは完全なフェイクだった。

 二日後、帰宅してゆっくりしていると、見知らぬ男が訪ねて来た。
 その男は質問をして来た。

「一昨日夜中に何か聞きませんでしたか?」
 少し片言の外国の方だが日本語は流暢で、こちらに住んで居るのだろう。

「寝てたから、知らないなぁ」
 私はとっさにそう答えた。本当は何かに気づき、しゃべっている内容も一部聞き取れた。しかし、何故か答えてはいけないような気がした。

 その日はただそれだけだった。

ー・ー・ー・ー・ー・ー

 翌日、テレビをつけた私は目を疑った。

 上空から撮影されている映像は、まさにご近所の家だった。

 今朝未明、その家の一人住まいの主が玄関口で遺体で発見されたらしい。刺殺でどこにでも打っているような刃物で刺されたらしかった。

 その後、近隣でも噂になっていた【先日の口論】が決め手となり、隣人は逮捕された。
 隣の家からは、死後数日経った女性と発見されたらしい。

 あの日、見たままの事実を口にしていたら、私はどうなっていただろうか。

 もしあの夜、外に出ていたら今があっただろうか。

 今思えば、訪ねて来た隣人は腕を後ろに組んでいた。
 何か隠し持っていたのかもしれない。
 そう思うと、背筋が凍った。

 そんな時、またインターホンが鳴った…

END

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