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仕事について①

こんばんは、


(私にとって)熱い11月も、1週間がたちました。

なんだか最近は、気疲れというか、何もしたくねえっていう状態にあるんだけど、

きっとそれは、大きなイベントの前に精神カロリーを浪費しないようにセーブしてるのかなと思ってる。



筋トレなり、勉強なり、あまりやる気が起こらない日々。

でも、その分”芸術の秋”を堪能している。さいこーだな。秋。






さて、本題に移ろう。



とは言ったものの、何が語れるだろうか。

まだ、仕事の「し」の字も知らないわけだが。



逆に言えば、これから就くであろう仕事の”理想”については語れるだろうか。

では、仕事について語る前に、人生について語りたい。



人生とは


紀元前に生きた偉大な哲学者セネカによれば、

我々は短い人生を受けているのではなく、我々が人生を短くしているのだ。(多忙な人が年を取ったところで)長く生きたのではなく、長く有ったにすぎない。                _「人生の短さについて」より

例えば、

好きな人と過ごす1時間と嫌いな人と過ごす1時間では、同じ1時間であっても後者の方がずっと長く感じる。


ただし、前者の1時間は間違いなく”生きられた時間”であるはずだし、後者の1時間はただ存在していただけである。



セネカは、この生きられた時間を人生と呼び、ただ存在していた間を時間と呼んだ。

彼は人生を生きなければならぬ、と一貫して主張している。

そして、人生の中で「偉大な仕事」に向かうべきであると主張しているのだ。




また、彼は同著書の中で以下のように語る。

”生きること”は生涯をかけて学ぶべきである。そして、それ以上に生涯をかけて学ぶべきは”死ぬこと”である。

全ての生物は、生まれた瞬間から死に向かっている。

確定された唯一の事象である。


それに抗うために、生物は繁栄してきたのであり、

当然我々の使命もまた、次にバトンを繋げることであろう。


宇宙の歴史からすれば、刹那的ともいえるこの瞬間的な人生において、

・一体何ができるのだろうか。

・次の世代の彼らに何を残せるのだろうか。

・否、自分という人間が生きた証をどこにどう刻むか。



「偉大な仕事」とは、まさに「残す」ことなのではないかと思う。





仕事について


ここまでは、前座。


のつもりだったけど、結構書いてしまったので、

続きはまた次回にでも綴ろうかと思う。


期待していてよ。





それにしても、寒い。

みなさん、体調だけは崩しませんように。



それでは。

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