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ヨコハマ・ラプソディ 18

十八.赤い電話器 

志織と別れてから約三ヶ月後。
初めて志織と逢った日と同じように、朝から冷たい雨が降っていた冬のある日。夜十一時頃。
来月から始まる今年の入寮情宣について、夜遅くまで話し合っていた執行委員会をようやく終え、俺は風呂に入ろうと洗面器を抱えて三階の自分の部屋から一階の風呂場へ向かっていた。
三階から二階のロビーに続く階段を下りる途中で、俺は寮の電話のベルが鳴っていることに気が付いた。
受付終了後の夜中にも、電話のベルが鳴ることはちょくちょくあることだが、なぜかこの日は、この時だけは、今鳴っているベルが志織からかかってきた電話だと直感した。そんな気がしたのは初めてだった。
俺は猛ダッシュで、三階から二階、二階から一階へと階段を駆け下りた。
持っていた洗面器から転がり落ちた石鹼箱やシャンプーが立てる派手な音がしたが、構いやしない。しまいには洗面器さえも放り投げて俺は一階へと走った。
階段を下りながら、俺は志織と別れた時の、最後の会話を思い出していた。

「気が向いたらまた電話して」
「うん、電話する」

別れる間際、志織は確かにそう言った。
言ったよな、志織。
これが、その電話だよな。

一階に着いた。まだベルは鳴っている。鳴っているのは黄色ではなく赤い方だ。
やはり、いつも志織が俺に電話をかけてきてくれた、あの赤い電話器だ。
俺は慌てて電話器に駆け寄った。
俺が必死に手をのばし、目の前のベルが鳴る赤い受話器を掴む直前。

電話は鳴り止んだ。

《あのベルはきっと、間違いなく志織からの電話だと、俺は今でも信じている。

なぜなら……》



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