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Sara Paretsky "Overboard"

5月頭に発売されたばかり、シカゴを疾走する女性探偵、Vic こと V.I.ウォショースキーが活躍するサラ・パレツキーのシリーズ最新作、先週末に予定どおり読了した。

2年ぶりの新作だが、その間、ちょうどCOVID-19によるパンデミックの間に執筆され、こうして出版される運びになり、喜ばしいかぎりである。

シカゴ・エヴァンストンの南端にあるシェリダンロードのミシガン湖畔で偶然に発見した少女を救助するところから物語が始まる。落書きなどの嫌がらせを受けている小さな教会、南シカゴの幼なじみの家族の息子からの奇妙な依頼、まったく関係のないような複数の事件に巻き込まれていく。そして、有力者からの脅迫電話、助けた少女が病院から失踪し、2件の殺人事件がおこる。グースアイランドの南で計画されている大きな再開発の利権と私欲がからむ網の中で糸を引いているのは。。。

エヴァンストン
ちょっとわかりにくいかもしれないが、赤のマーカーの立っているまわり、赤線で囲われた白い部分 (Google Map: LINK)
エヴァンストンの南端・墓地の東、シェリダンロードの湖に面しているあたりから物語が始まる。
ストリートヴューで見るとこんな感じ。東側、ゴツゴツしたコンクリートの大きな塊や岩で覆われていて、湖に向かってかなり急な斜面で高低差もあるらしい。隙間や割れ目も多く、非常に危険だ。そこに、意識を失い足にやけどを負った少女を見つけるのが、今回の事件の始まりだ。

ストーリーは、シリーズが好きな人には割合馴染みのある事件の展開で、シリーズ21作目ともなると、すでに水戸黄門的な趣がある。シカゴ警察をも抱き込んだ見えない犯人との攻防も面白いし、またしてもVicは少々無茶をしてハラハラさせるし、そして一時、敵の手に落ち拷問まで受ける。しかし、そこからいかに窮地を脱して、見事な作戦での逆転劇・・・と最後まで一気に読ませる。

警察の中の味方たち、もう90歳を過ぎた隣人の友人・ミスター・コントレアスやロティ医師やそのパートナー・マックス、疎外感あふれるVicの恋人などストーリーを彩る友人たちとの関わりもいつもの通り。

また、南シカゴ生まれの Vic と小さい頃からの知人・友人との交流のなかにイタリアや東ヨーロッパ諸国、アイルランド、といった移民の複雑な社会の様子や感情なども垣間見える。工業の斜陽化と金融や不動産業の興隆による社会・経済の構造の変化、そこに巣食う利権と闇、シカゴを舞台にアメリカ社会の陰影が見えるのもこのシリーズの面白さでもある。

今回は、COVID-19の影響下でアメリカの都市に住む人たちがどんな風に過ごしていたか、たとえば、マスクをつける・つけない、それに対する人々の反応、そういったことが細かめに描写されているし、ソーシャルディスタンスによる機微などもそこここに表現されている。そんななかで、アメリカ社会の分断の問題なども垣間見える。

シカゴの中心にあるグースアイランド。その南の端、Y字型に川が分かれるところが今回巻き込まれる事件の中心になる。シカゴ・アヴェニュー橋が、右下赤いマーカのあるところ。
二本にわかれたうちの南側の川の真ん中にオレンジの人型のマーカがある(見えにくいと思うが。。)が、そこから左側の端を見渡したのがストリートヴュー。Vicがここに飛び込んで川を渡る場面がある。

第一作が "Indemnity Only" 1982年に出版だから、今年がなんと40年になるわけだ。普通に歳を取っていたら Vicも今年で70歳手前くらいか。いやいや、どう歳とってても40歳くらいにしか思えないが、まぁ、それはいいとして、ちゃんと周囲の道具立ては時代を追って新しくなっている。オフィスもパスコード認証、自宅アパートも綺麗で広々とした様子、スマートフォンとPC (Macだと思う)にタブレットを使いこなしてペーパーレスで、明るく整理された感じだ。最近、とみにスマートになったような気がする。事件の真っただ中、のされてしまってほうほうのていで危険から脱出して、ミッチやペピィ(コントレアス氏と共有している飼い犬)とジョギングしたり、他にかかえている案件のクライアントにレポートを書いて提出してつないだり、こんな過密スケジュールで一日無理でしょう(実際、絶対無理)、という突っ込みたくなるバイタリティ。

ドローンやスマートフォン、携帯電話の使用・接続履歴による追跡、GPSに対する言及など、最近の社会のテクノロジーも相応にちりばめられていて、本作の展開で重要な展開を果たすのだが、ちょっと、それはいくらなんでもどうかな、という部分やそこはちょっと間違っているよな、という点も散見された。が、まぁそこは探偵小説である。言うほうが野暮というものだろう。

伏線もふくみ緻密に組み立てられた推理小説というわけではないので、そこはあまり期待してはいけない。とはいえ、ちょっと強引な会話の展開や、発散しがちなところがいつもより目につくように思った。また、今回は行動範囲も狭く少しスケールが小さいようにも感じた。なんとなく、このタフな2年間が作品にも影を落としているようにも思った。



さて、この洋書が2022年上期の5冊目ということになった。本書は紙の本で390ページ、ほぼ全ページが正味本文(*1)という感じで、そこそこ文字がぎっしりという感じ(kindle 2ページで紙の本1ページというくらい)、2週間かからず読了した。毎年、硬軟とりまぜて年間12冊読むことを目標としているが、読めるものを読めるように選んでいるだけ、という説もないではないが、まぁこんなものだろう。

スリリングで手に汗握る展開、途中ほろっとする場面もあり、最後に「あぁよかった。。。」それは保証つきだ。またしても、 Vic, I love you, 愛が深まった。



■ 注記
(*1) ビジネス書や教養書など、注記やリファレンスや謝辞で25%ほどを占めて、本文は全体の75%ほど、というのが多い。小説はさすがにそういうことはない。

どこまで読み込むか、という問題が一方ではあるけれども。


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洋書を読む楽しみや、こういった探偵小説などはあまり英語の勉強にならない、そういったことなども含めて、前作 "Dead Land"の感想は2年前に書いた。

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