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リアリズムを支える技術:佐藤優「調べる技術 書く技術」/佐藤優・岡部伸「賢慮の世界史」

今年を振り返りながら来年を展望しつつ、飛び石連休の谷間の11月22日に佐藤優・岡部伸(のぶる)著「賢慮の世界史」、22日の晩と23日の朝で佐藤優著「調べる技術・書く技術」を一気に読んだ。


どちらも別にセンセーショナルな斬新な内容があるわけではないけれども、関連するエリアを広く無駄なくカバーし、フォーカスするトピックを絞りつつ、当たり前のことであっても一つ一つちゃんと理由、裏付けの情報、考察があり、提言があるのが、やっぱり凄い。短くコンパクトにまとまっているのもいい。

「賢慮の世界史」のほうは、岡部氏との共著で、世界史とタイトルにはあるが、冷戦時代から冷戦後、第1章は日ロ関係(北方領土交渉)、第2章・イギリスとロシア(インテリジェンスについて)、第3章・イギリスとEUと中国、第4章・米中対立と日本、についてそれぞれ論じたうえで、最後の章で日本の学校教育を論じる構成だ。

構成を見てわかるとおり、歴史を俯瞰して記述するものではない。日中と日米における外交面での関係を軸に、上記のポイントから現在の状況と今後についてまとめたものだ。そして、日本が国際社会を生き抜いていくために、インテリジェンスの重要性を認識すること、教養を身につけること、教育が最重要課題であることが主張される。

それぞれのトピックについて、岡部氏が最新の状況と歴史的経緯をまとめ意見を提示する。岡部氏は、イギリス・アメリカの政治的視点と情報を是としてまとめている部分が多いように思う。佐藤氏がそれについてずっと幅広い視点から根拠とともにコメントを返す、という感じだ。対話というより、書簡の交換といった体裁である。どうしても、岡部氏のほうがイデオロギーやアイデンティティから抜け出せず、佐藤氏が「外交や歴史認識はそうではいけません、リアリズムが大事です」と優しく言うような、そんな感じになる。意見が一致する部分であっても視点や理解が異なっているのが面白い。

まぁ、実際には、佐藤氏の論点をわかりやすくするために意識して役割分担しただけなのかもしれない。トピックによっては、岡部氏が見解を再度主張提言して終わるなど、ひょっとしたら編集側の意志も入っているのかも、と邪推してしまった。

それにしても、私の知らないことばかりだったのでとても参考になることばかりだ。特に、知っているようで知らない北方領土交渉は、生々しい話もあっておもしろかった。教育論は、各論については特に目新しいことはなかった。

岡部氏がイギリスのパブリックスクール・大学制度すなわち英才教育の形を熱心に紹介しているのに対し、佐藤氏が良し悪しがあることをコメントしながら、一般的なコメントとして学校教育の意義として、社会の多様性を学ぶ意味があると指摘している。あまりに当たり前の視点でありながら、教育を論じる中ではそういう大事なことを忘れがちだ、と改めて思う。つまり教育を論じると、日本の生産性を上げるには、とかジェンダーギャップをなくすには、とか国際社会での競争に遅れないようにするには、などなど機能面や、市場原理や競争原理をどう取り入れるかといった制度面、功利面を考える議論に終始することが多いように思う。

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教育とは一人前の人間を育てることだ。1人前の人間とは、社会や周囲の人と、時に助け、時に助けられ、しながら1人で世の中を渡っていける人間だ。そうはいっても、世の中の変化はますます速く大きくなるばかりだ。また、関わり合いになる人だってどんどん変わっていく。だから、大人だって一生、自らを教育しなければならない。

ということで、佐藤優の2019年の著書「調べる技術 書く技術」を読んだ。佐藤氏は、1960年東京都生まれ、というから今年すでに71歳だ。まったく年を感じさせない生産力に驚かされる。なにしろ「月に500冊の本を読み、1200ページの原稿を書き、130人と面会、1日4時間をインプットに充てている」という。しかも、本書によれば、読書だってさっと斜め読みというのではなく、読書メモも手書きでとっているということだから、どんなスピードで生活しているのだろうか、想像もつかない(*1)。

私といったら、月に洋書を1冊と日本の本を4冊程度、抜き書きや読書ノートはしているものの中途半端だ。そして何より、それらを見直して、整理したり組み替えたり、自分のモノにする努力が圧倒的にできていない。

本書は、コンパクトにまとまったハウツー本だ。第一章は、これからの時代に私達が生きていくうえで、いかに調べる技術・書く技術が大切か、そして「総合力」としての教養が大切であることが書かれている。第2章はインプット。情報をどこからどのように取り入れるのか考え方と実践方法が記されている。新聞、本、教科書、Webについて。第三章は、取り入れた知識をどうアウトプットするのか、書くこと、考えて発想すること、そしてスケジュール管理について。そして第4章が知的生産者として生きるための自分の管理、ファイナンシャル、人とのつながり、そして休息の重要性について述べられている。

苦手な歴史や政治経済について、おススメの本やWebSite、情報の入手先が紹介されているので、とても具合がいい。

その中の一冊、年末までに読んでみるか、と山川の「詳説・政治経済研究」(藤井剛著)を22日の深夜にAmazonでポチったら祝日の23日の午後に届いた。便利な世の中だ。


高校の教科書くらいの分量かと軽く考えていたのだが、なんと受験用の参考書、「自由自在」だったか「応用自在」だったか、思い出してしまった。年末までに読むのは早々にあきらめた。これは半年コースか。
あと、山川の日本史Aの教科書がいいらしい。こちらはまだ購入していない。

期せずして実践を心がけている「なるほどなるほど」と思える部分も意外に多く、しかし、もっと厳しく徹底していく必要を実感した。知的生産を支える個人のインフラの部分においては、人間関係の構築や、特にファイナンシャルの部分は、すでに取り返しがつかないとはいえ、できていなさすぎるとおおいに反省し、遅ればせながら改善しようと思っている。

SNSに関しては、できるだけ遠ざけて、利用する時間を区切るなど制限したほうがよい、という意見のようだ。私はどちらかというと、積極的に利用してソーシャルプレッシャーを利用して自分を飼いならす方向で付き合おうとしているのと、緩い人間関係の維持、雑多ではあるが、かなり極端なものも含めてそれなりに広い情報を目にすることができる、という効用があると思うので、ここは、少し意見が違う部分もあった。

結局、道具をどう使うか、誰と付き合うか、ということになるのだろうが、昔の上司に言われた「自分の軸を持て」「情報は自分で取りに行け」「脳から血が出るくらい考えろ」「頭は24時間動くだろ」ということにつきるのかもしれない。

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この世界でまがりなりに私が呑気に生きていることができるのは、私の力によるものではない。今のこの世界が、私が生きていくことのできる場であり、たまたま今ここに私が生まれてきたからだろう。だから、社会の一員として、社会の安定維持発展向上に少しであっても貢献する必要がある。そのためには、総合力として、というより常識程度の教養を身につけるのは義務と言っていいだろう。

だから、今年は教養・入門の年、自分自身の政治・経済、安全保障についての知識・知見が不足しすぎていることも認識していたので、これらの分野の入門をしよう、と2020年末からいくらか本を読んできた。

それにしても、社会人として最低限の常識程度の教養を身につけるだけでも、まだまだ道のりは長い、と痛切に実感した。


■ 注記

(*1) 読書量が多いことで有名な人は何人もいるが、すでに故人だが、コメディアンにして俳優で書評家、新宿歌舞伎町のゴールデン街で「深夜プラス1」というギャビン・ライアルの冒険小説のタイトルを冠したバーのマスターでもあった内藤陳だ。本が積みあがるその自宅の写真は驚きだ。

確か月100冊の新刊本を読み、読み返しもそれに加えて読んでいる、と聞いている。そのことを京都のバーのママさんに話したら、「そりゃ、暇なのよ。」と一言で片づけられた。たしかに一日3冊、冒険小説やミステリー、推理小説といったのを中心に一日のほとんどを読む時間にあてれば一日3冊くらいなら可能かもしれない、とそのとき思った。

「深夜プラスワン」はスリリングでメチャメチャ面白い。35年前だったか、大学のときに夢中で読んだが、日本語版は手元にはもうない。最近5年前にまた思い出して原書を読んだ。

※写真の左側の本は東理夫著「ミステリ亭の献立帖」、深夜プラス1を取り上げた節の内藤陳のエピソードが載っている p.96。

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https://www.amazon.co.jp/dp/B00QS9MF6Y?tag=note0e2a-22&linkCode=ogi&th=1&psc=1

「ミステリ亭の献立帖」のことは以前にちょろっと書いた。

ちょっと調べたら、やはり不朽の名作、新訳が出版されているようだ。

おススメの一冊。

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