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クロード・E・シャノン、ワレン・ウィーバー「通信の数学的理論」

今年は、量子コンピュータに関して知識を仕入れようと思い、入門書を読み、関連してブルーバックスの「チューリングの計算理論入門」などを読んだりしていて、このクロード・シャノンの「通信の数学的理論」もそんなところから興味を持って手にとった。

私は理学部物理出身で、工学系の様々な専門分野に関して疎いのだが、大学院に行けずに Panasonic (当時:松下電器)に1991年に入社(*1) して以来 、ずっと移動体通信分野で仕事をしてきているわけで、今さら読んでいるなんてほんとに専門?と怒られてしまいそうだ。

本書は、クロード・E・シャノン、ワレン・ウィーバーの連名になっているが、1948年にシャノンによって発表された論文にウィーバーが解説を加えてイリノイ大学出版から本として1949年に出版されたものだ。

「通信の数学的理論への最近の貢献」と題する、ウィーバーの解説が前半50ページほど、シャノンの論文本体が150ページ余り、15ページ強の訳者の解説が最後についている。

論文は6部構成で、前半の2部が、離散的な場合で雑音のある場合とない場合、後半が連続の場合で、連続情報、連続通信路、連続情報源のレートの3部、最後に付録として、7点の重要なポイントについて数学的証明が与えてある。

数学としてはそれほど難しいものではないと思うけれども、対数や積分記号、あるいは Σ といった、高校卒業程度の数学に慣れ親しんでいないとツライだろう。

とはいえ、序文や、ウィーバーの解説が数式をほとんど使わずに書かれているし、この理論の意味するところや意義、現代技術への影響について、原書の雰囲気とともに興味深く読めることだろう。

また、有限の記号列の集合とか、確率分布とか、エントロピーといった概念、マルコフ過程とかエルゴード性といった言葉にもちょっと躓くかもしれない。

ただ、現代に生きる私たちである。そのへんをネットで調べながら読んでみれば、物理学や数学に対する理解が深まったり「なるほど、あのときに授業で聴いてさっぱりわからなかったことはこういうことだったのか!」といったこともあるかもしれない。

偉そうに書いている私も同じである。こういう良書を読む楽しみは、わからないところは相変わらずわからないながらも、そんな発見や驚きがたいてい1つは見つかるだろう、そんなところだ。

広く人と人とのコミュニケーションに興味がある人には読んでほしい本だと思った。


さて、ウィーバーは、通信には3つのレベルがあるとし、すなわち:

レベル A. 通信において、記号をどのくらい正確に伝えることができるのか.(技術的な問題)
レベル B. 送信された記号は、どのくらい正確に所望の意図を伝えることができるのか. (意味的な問題)
レベル C. 受信された意図は、どのくらい効果的に所望する行為に影響するのか. (効果の問題)

p.17

日ごろ、コミュニケーションに悩んでいる方なら、このような整理が役に立つかもしれない。

シャノンの論文はレベルAの技術的な問題を数学的に解析したものであって、そのために通信される情報を記号と記号列として抽象化し、確率分布やエントロピーという概念を適用する。

そして、シャノンは「通信の意味的側面は工学的側面とは関連がない」というわけだが、ウィーバーが指摘するように、「技術的側面が意味的側面と関連がないということを必ずしも意味する訳ではない(p.24)」と私も感じる。

そしてウィーバーは、次のようにも指摘している。

レベル A の理論において明らかになった制約は、レベル B や C にも必ずあてはまるのである。しかももっと重要な事実は、レベルAの問題とそれ以外のレベルの問題が、我々が素朴に想像する範囲を超えて重複し合っているとうことが、レベル A の解析によって明らかになることだ。

p.20 

通信速度や、ノイズの影響・誤りと訂正に対する考え方や、情報のエントロピーとか確率分布ということをこの解析を通じて考え直すことは多いと思うし、そもそも私たちが伝えようとする情報、すなわち、認識、概念、思い、感動、感情、論理、ってなんだったっけ、言葉で伝えられないことってなんだろう、とか考えさせられるし、示唆的で興味深いところもあった。

そんなことから、本書を読むと、「なるほど、だから伝わらなかったのか!」とか、「すぐに伝わると思っていたけれど、伝えるにはそれ相応の時間がかかるんだよね」と、きっと、コミュニケーション上の悩みについて解決するヒントが得られる、・・・かもしれない。

そうなのだ。しかし、この点は注意が必要だ。

レベル A の理論解析を生半可わかったつもりになり、それをレベル B レベル C に適用して、その性質や限界をさもわかったように話したり書いたりしたりしたくなるかもしれない。が、やはり、問題点・論点を整理してどういう点に着目して論じるか、というのはレベルに応じて異なるわけであるから、簡単に「通信の数学的理論によれば○○だから、私たちのコミュニケーションにおいて△△が根本的な問題なのだ」などと安易にイメージだけで飛躍しないようにする必要がある。

とにかく、物理や数学や工学の難しい理論を持ち出して、○○理論によればこれこれが明らかだから、世の中の真実はこう説明できるんですよ、と範囲の適用外の全く違う領域にもっともらしい説明を与えているような文章や講演を聴いたら注意したほうがいい。

自分の問題意識に近いことほど注意が必要だ。


先週、今週、この本に関して感想を書こうとして、気を付けないと、自分もそのようになりがちだということに気づかされた。気の利いたことを書こうとして調子に乗ってはいけない。


そのように思うにつけ、わかったような気になる下手な解説本をたくさん読むよりも、まずは原書にあたってみるのがいいと思う。わからないながらも、きっと新しいことに気づくはず、そして、わからない部分がどれほどあろうとも、そんな部分こそがあなたににとって大事なところなのだから。



■注記

(*1) バブル崩壊直前だったので、特に理系の場合、だれでもろくろく就職活動もせずに就職できた。なにせ、当時、松下も2500人ほどの新卒を採用していたのだ。理学部とか工学部の出身者が金融・証券会社から引く手あまただったりで就職先はよりどりみどりだったのだ。

せっかく頑張ってエントリーシートを何通も書いてチャレンジしても、全部お祈りメールで終わってしまって心が折れそう、3段階の面接を突破したら、最終面接でボロが出て落ちました、とかいうことは一切なく、旅費まで出してもらいつつ何社ものリクルータから接待を受けたうえ、「ど・れ・に・し・よう・かな」とか、最後はジャンケンで就職先を決めました、とか、そういうのが横行した時代だったはずだ。

そんな世間の風潮に背を向けていた私も、11月末だったか、2回目の大学院入試に落ち、学問の世界の非情な厳しさにようやく気が付き、すでに手遅れであることを思い知らされた。晩秋の夕陽が差し込む物理学第二教室の校舎の入り口で、何枚も貼ってある求人票を見て電話番号をメモして帰り、次の日の朝、最初におそるおそる電話したのが松下だった。つまりは関西の電器・電機・電子メーカから大きい順番に電話したのである。

電話口の声は予想に反して明るい弾んだものだった。

「いやぁ、大学院の入試、ほんと大変だったと聞いてますよ!」
「ええ、まぁ。。。」
「ところで、明日、門真に来れます?是非、来てほしいんですよ!」
「か、門真ってどこでしたっけ?」

とにかく次の日の採用説明会に行くために、大阪府門真市大字門真1006にある本社の場所と京阪の時刻表を調べて、午後から急ぎ四条高倉にある大丸に行って、あとから思えば見るからにダサいチャコールグレーのスーツとネクタイ、安物のクラッチの黒鞄を、急遽、それぞれ購入したのだった。

採用説明会といっても、すぐに適正試験、採用を前提とした面接、気が付いたら、その日のうちに内定だった。

面接の途中、その1年後に上司となる中島部長(当時)から「知らないことをさも知っているかのようにしゃべんな、アホ」と一喝されたことをよく覚えている。

それ以来気を付けているのだが、知らないことでも、ちょっと齧っただけでなんとなく知った気分になってしまう性格が抜けないため、今だに、後からその言葉を思い出しては「しまった、またやっちまった」と思うことが多い。

まぁ、そんなわけで、何年か前に娘が就職活動で泣きそうになりながら苦労していても、実質、何も助けることができず、相変わらず「お父さんは肝心なときにちっとも役に立たない」状態であった。


■ 関連 note 記事

そういえば、量子コンピュータについてアレコレ書いたような気になっていたが、連休明けにちょいと触れただけだった。


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