【読書】池田清彦『やがて消えゆく我が身なら』
フジテレビのバラエティ番組「ホンマでっかTV」でお馴染み、生物学者、池田清彦先生のエッセイ集です。
番組で見る、やんちゃと円熟味が同居したようなお人柄や人間味のあるコメントが好きで、著書を読んでみたいと思っていました。思った通り、笑いの中に含蓄のある良いエッセイでした。
P11
大腸菌は何回分裂をくり返しても老衰で死ぬということはない。人の体細胞は五十回も分裂すると老化して死んでしまう。(中略)死は進化によって獲得された能力ではないのだろうか。
──「人は死ぬ」より
P44
人は、大げさに言えば、自分なりの倫理、という物語を生きる動物であるから、利害に左右されて首尾一貫した物語を構築できないような状況になると、自分の人生を楽しめないのではないか、と私は思う。
──「人はなぜ怒るのか」より
P173
生物が生きるということは、他種や他個体とコミュニケーションしながら変化していくということだ。いかなる権力をもってしてもこの変化を止めることは不可能である。私も保守主義者の一人として、気分としては日本の固有生物相は守りたい。しかしすでに侵入して混血児まで作っている高等生物の命を奪ってまで、私の気分を満足させようとは思わない。
──「自然保全は気分である」より
P189
全世界の人類がすべて狩猟採集生活を送っていた頃の世界人口はせいぜい三百万人から四百万人程度だったと言われている。ちなみに現在は六十八億近く。ロンボルグの『環境危機をあおってはいけない』(文藝春秋)を読んでいたら、時の始まり以来、この地球上で暮らした人は何人いたかという問いが出ており、答えは五百億から一千億人だそうだ。なんとこれまで地上で生まれた総人口の六パーセントから十四パーセントは、今生きてるってわけだ。我々はなんとなくご先祖様は無限にいらっしゃると思っているが、それはとんだ勘違いなのである。
──「病気は人類の友なのか」より
P195
エイズが日本に侵入した直後、これについて何か書いてくれと頼まれて、HIVにとっての最適戦略は、潜伏期が五十年ぐらいになって、しかも感染者の性欲を亢進させることだと書いたことがあった。筆のはずみで、そうなれば病気ではなくて立派なクスリだ、と付け足したのがいけなかったのか。原稿は見事にボツになった。しかし、私の書いたことはあながちウソではないのである。
──「病気は人類の友なのか」より
軽妙な筆さばきが「趣味に生きる」で頂点に達していて、このくだりはなんというかスイングしているよう。「アモク・シンドローム」では、鋭い人間分析に恐れ入りました。
全体として感傷を排したドライな文体ですが、にも関わらず「親の死に目」のお母さまを看取るシーンは胸に迫るものがありました。
(2012/11/23 記、2024/1/3 改稿)
池田清彦『やがて消えゆく我が身なら』KADOKAWA(2008/5/24)
ISBN-10 4044070024
ISBN-13 978-404407002