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"「その日暮らし」の人類学"読書感想文

「その日暮らし」の人類学を読んだ。日本人は、ブランドの偽物や海賊版の商品を見て、気持ち悪さや憤りを感じることも多いだろうが、これらの主戦場であるインフォーマル経済は巨大であり、"今を生きる"ための要素が多分にあることがわかる本。世の中の新しいメガネが得られる。

(1)模造品やコピー商品は、貧しい人々が最新の技術やデザインにアクセス可能になる。
(2)模造品やコピー商品は、様々な制約のある発展途上国で草の根のイノベーションを引き起こし、経済を離床させる原動力となる。
(3)模造品やコピー商品の生産から流通、消費に関わる人々はそれが偽物やコピーであることを隠さずに取引しているので、彼らの間では道義的な違反は成立していない。

これを読んで、多くの日本人は「悪事を正当化しようとしている」と思うだろう。僕自身本を読み終わってもなおそう思う。

21世紀に入ると、中国とアフリカをはじめとした発展途上国間の交易が急速に活発化する。アフリカやアジア、ラテンアメリカなど世界各地から中国に押し寄せた商人の一群は、知的財産権に関する法や商法、入管法などに抵触しながら、コピー商品や模造品を含む中国製品を仕入れ、母国へと輸送している。

この本では、これをインフォーマル経済と呼んでいる。大半は数十万から数百万円の資金しか持たない零細商人だという。この人たちは、未来のことなどは考えず、その日をどう生きるか(Living for Today)という考え方で生活をしている。

この「見えない」経済圏は、世界中で16億人もの人々に仕事の機会を提供し、その経済規模は18兆ドルにも上るという。

そして、この市場は巨大で伸びているのというのだ。そして、この市場は、一般的な日本人が理解する資本主義市場とは全く異なる。

1.相手は信頼しないで、実戦から得た野生の勘を頼る

基本的に仲介業者は「一人で仕事をする」傾向にあり、その他の仲介業者との間でパートナーシップや連帯、組織を形成しない。アフリカ系仲介業者は一般的に騙されたり詐欺にあったりした経験を基にして、中国人取引相手はもちろんのこと、たとえ親族でも「潜在的なビジネスパートナー」を信頼しない。

たとえば、資本主義では成長をするためには、スポーツチームのようなチームの連帯や組織化を大事にするわけだが、インフォーマル経済ではソロ活動かつ相手を信頼しないのがベースだ。

仲介業者は、アフリカ系交易人が中国の取引相手との間で約束した「取り決め」に従って商品が生産されたり出荷されたりしているかどうかを監督する。中国人の取引相手は、生産の過程で追加の費用がかかったと再度交渉しようとするなど、隙あらば追加の利益を得ようとする。

その上で、相手を信頼するのではなく、この例で言うならば、中国人をうまく渡り合う交渉術を必要とする。

左右するのは顔の見える相手との具体的なやりとりに関わる実践知、野生の思考である。逆に言えば、この世界で重要視されていないものは、その時々の状況や具体的な人間関係を抽象化し、統制する制度や契約、計算に基づく「確信」である。

このように、我々が当たり前だと思っている常識は足かせになる。

2.とにかくPDCAの速度で勝負し、その日に適応する

サムスンでも年間50種類程度の新モデルしか出さないのに対して、山寨形態では、日に3~5種、年間1000種類以上の新製品を市場に送り込んでいることを挙げる。

インフォーマル経済では、とにかく球数を打つようだ。

一般的にブランド企業は、競争力の高い機種が出るとマーケティングし、まず高値で販売し、市場に浸透するのを待ってねを下げ多売すると言う戦略を採用する。それに対して山寨製品は、発売後に消費者の心を動かす価格にまで一気に下げ、売れた商品の価格を徐々に釣り上げて行く方法を採用する。

そうなると、アテンションを取るためには価格を下げないといけない。自分の売っている製品が埋もれてしまうからだ。

「絶えず試しにやってみて、稼げるようなら突き進み、稼げないようなら撤退する」という個々の戦術と寛容で柔軟なネットワークと見ると、とても面白いことに気づく。なぜなら、これらの山寨革命の源泉とは、まさにこれまでインフォーマル経済が発展しない理由として問われてきた、「なぜ組織化しないのか」「なぜ次々と職や商売を替え、専門性を積み上げないのか」と言う行動様式と同じだからだ。

短期でどんどん商品が変わってしまう市場の中では、人もそこに適用しなければならず、そうなると、組織化や専門性の追求は長尺すぎるのだろう。

3.中途半端なオリジナルよりも、最低限を満たしたコピー商品

「本当のアディダスのタンクトップが3500シリング(約2ドル)で買えるわけがない。だからロゴが本物と同じだろうと少し違うものだろうと、偽物があることに変わりない。問題なのは、ロゴが本物と同じであるせいで偽物を高い値段で買ってしまい、すぐに壊れた場合だ。そうなると騙したのは中国人かそれとも路上商人か悩むことになる。

この考え方は新しい。ただ、インフォーマル経済に身を多くとこういった悩みがあると言うのだ。

4.「借りを回す仕組み」がエムペサにより変化している

アフリカはお金を友人に借りることが日常的に行われている。面白いのは、返済はあまり強く要求されないようだ。相手が本当に困った時にその理由とセットで返済してもらう様子。返済というよりも恩の送り合いな感じなのだろう。

「借りを回すしくみ」が、資本主義経済が発展してなお展開する場所とは、政府の統制を逃れたインフォーマルな領域、あるいは未だ制度が十分に整備されていない「海賊的な領域」ではないか。

インフォーマル経済では、借りを回す仕組みがもともとある。そこに、エムペサ(携帯電話で簡単にお金を送り合え、現金を引き出せるサービス)が流通した。アフリカには銀行口座を持てない人が多くいいたため、このサービスは瞬く間に広まった。エムペサ代理店はどんなに奥地の農村部でもあるので、地方への出張があっても大金を持ちあることなく、必要な時に必要な分だけを現金化することができるようになったのだ。これはエムペサの革命の良い部分として有名な話ではあるが、

エムペサを通じて簡単に送金ができるようになった結果、かつてならば、用立てるかを熟考したり、断ることができた無心や先延ばしにしたり、うやむやにできた借金の返済に、即時的に応じなくてはならなくなったと語った。

送金が簡単になることにより、お金を貸してくれ、返してくれと催促されたり、もし貸せる金がないなら、友人から借りて貸してくれと言われるようになったという部分もあるようだ。

<借り>を回すシステムは、政府の社会保障制度が全く機能していない場所において人々が自然に行っていた自前の相互支援システムに、通信システムが導入されたことで顕現したものである。

良くも悪くもインフォーマル経済ではこのような状態になっているという。これも日本にいたら全くわからない悩みだ。

今回は印象に残った4つをピックアップしたが、自分が普通に生きていた全く気づけないメガネをかけて世の中を見ることができる面白い本だった。



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