ママ

 妹と母が二泊三日の博多旅行へいった。母の日も母の誕生日も、金欠でプレゼントをあげられなかったので、バイトで貯めた金で妹が母を旅行に連れて行くのだという。

 祥子は二人の旅行中、祖母の家で過ごすことにした。誰もいない家に一人でいることに耐えられず、近くに住む祖母の家で夕食をとり、風呂に入り、自宅に寝に帰った。父は仕事が忙しく、日付が変わる直前に帰ってくる。

 あともう少しで大学を卒業して社会人になる年齢だというのに、祥子は自分を情けなく思っていた。ただそれ以上に、自分をひとりにした母を恨めしく思っている。朝は母に起こしてもらわなければ寝坊してしまうし、祥子は料理も洗濯もできない。もちろん父親も専業主婦の母に頼りきりだし、何より父は忙しくて家事をする時間はない。祥子もまた大切な発表を控えており、ここ最近はずっと準備に忙しくしていた。今まで気にしたことのない、日常のあらゆる生活の営みに追われることに慣れていなかった。どうしてこんな私を置いて旅行に行けるのだろう、そう考えるだけで祥子は悔しくなった。

 「ひとこと「旅行中祥子のことをお願いします。」くらい言えばいいのにね」
 母と折り合いの悪い祖母(母の義母に当たる)は、祥子がリクエストした茄子の味噌炒めをカウンターキッチンの中で作りながら、妙に語尾を伸ばして言った。祥子は祖母の目の前に立ち、なんと返事をしていいかわからなくなった。母のことを考えるだけで悲しくて涙が出てくるのだ。
 「「お願いします。」のひとことも言えないの?そうおばあちゃんが言っていたってママに言ってやりなさい。」
 祖母は母に直接文句を言ったことはない。いつも母の服装を下から上まで見回して、最後にふっと鼻で笑うだけだ。祥子は母の控えめだけれど色彩豊かで品のある服装が好きだった。
 「いくつかのおかずを作り置きはしてくれているのよ。それを勝手に私がおばあちゃんの家に来たの。」
 母が憎く、責めてやりたい気持ちでいっぱいなのに、祖母が母を責めると、祥子は母を庇いたくなるのだった。

 早く帰ってきてほしい。祥子はとうとう涙を我慢できなくなり、キッチンから離れて祖母に見つからないようにティッシュで目をぎゅっと押さえた。

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