S沢

大学院生 23歳

S沢

大学院生 23歳

最近の記事

夏の夕方

 教授室のある建物の目の前には椿が植っていて、冬ごろになると濃い赤色の花を咲かす。暑い今は深い緑色の葉を茂らせたただの木にみえる。私は夏の椿の木のほうが好きだ。どの植物よりも、黒い絵の具を一滴混ぜたような緑色の力強さ。  だから一昨日も、教授室に行く前に私はしげしげとこの木を見つめていた。挨拶をするように少し近づき、目線だけで抱擁するように。椿の木も、葉も私を見つめていたと思う。私たちはお互い物静かな友人だ。  するとその木の細い枝に、緑色のふくらみがあるのを見つけた。動

    • 日記 -girls in the summer

      Girls in the van Go to the sea Drink sweet rosé wine We are young We are adorable We are in the relationship with the sun He is cheating with girls

      • とるにたらないこと

         初夏、というべきか、五月の初めの連休に家族で軽井沢に小旅行にいった。最近ドライビングライセンスを取得した妹が運転する不安定な車の中から永遠に続く山の連なりを見て、山は見ていて飽きないな、と東京に生まれ二十三歳になる今も東京に住み続けている依子は思った。軽井沢には祖母が所有する別荘、というより小さなログハウスがあるので小さい頃からよく訪れているのに。  祖母は「イギリスのものであること」、または「イギリスらしいものであること」に対するこだわりが強く、それは祖母が祖父の仕事の都

        • ごみ箱

           学校から帰ってきて淹れたコーヒーはもう冷めてしまっていて、飲む気はしないけれどあと少しだけ残っている。夕海が買ってきてくれた、カフェインレスのコーヒーだ。あなたは考え性だから、胃を労わって普通のコーヒーを飲みすぎては良くないわ、と夕海は言っていた。私は有海の方がよっぽど考え性だと思う。  お腹が空いたような気がして冷蔵庫をのぞいたが、コーヒーの粉と、半分残ったコーヒーの粉と、半分残ったマヨネーズ、かびた食パン一枚しか入っていなくて、食べられそうなものは特になかった。一枚だけ

        夏の夕方

          ママ

           妹と母が二泊三日の博多旅行へいった。母の日も母の誕生日も、金欠でプレゼントをあげられなかったので、バイトで貯めた金で妹が母を旅行に連れて行くのだという。  祥子は二人の旅行中、祖母の家で過ごすことにした。誰もいない家に一人でいることに耐えられず、近くに住む祖母の家で夕食をとり、風呂に入り、自宅に寝に帰った。父は仕事が忙しく、日付が変わる直前に帰ってくる。  あともう少しで大学を卒業して社会人になる年齢だというのに、祥子は自分を情けなく思っていた。ただそれ以上に、自分をひ