武重謙 ヒグマ猟記1「ヒグマの足跡と出会う」前編
雪が降っては溶けてを繰り返す11月の末、エゾシカの足跡を追っていた。狩猟のスタイルは数あれど、山を歩き、足跡を追って獲るのが1番好きだった。足跡はいろんなことを語ってくる。急ぐ足。探す足。休む足。走る足。足を通して、その動物の行動を読むことができる。
その日の足跡は3頭の群れで、2頭がわりと一直線に歩いているのに対して、1頭は右の笹に寄ってみたり、左の松の木に寄ってみたり、急に小走りしてみたり、かと思えばまた他の2頭に寄り添ってみたり――と落ち着きがなかった。
恐らくまだ若いのだろう。5~6月に産まれたのかもしれない。こういう群れは追いやすい。うろちょろと余計な動きをしているのが1頭いると、忍び寄っても気取られにくいし、なにより無駄な動きが多く、行動が遅くなりやすい。仮にこちらに気付き逃げたとしても、子ジカが逃げ遅れ、群れ全体が待つこともある。すると二度目のチャンスにも恵まれる。
文字にすると残酷なようだが、端的に言って子連れの群れは追いやすく、獲りやすい。野生動物が群れの中も弱い個体を狙うのと同じで、自然の摂理だと思っている。
もう数百メートルは追跡していた。かなり新しい足跡で、そう遠くまで行っていないだろう。そのうえ、まだ急いでいる気配もない。ということはこちらの気配を察してもいない。チャンスである。
「今日は獲れそうだなァ」
少し甘ったれた気持ちも湧いていた。
北海道に移住したのが1年前。移住後2シーズン目の猟期である。1シーズン目こそ猟場を知らず苦戦もしたが、2シーズン目になってずいぶんと獲りやすくなっていた。とくに積雪期に入ると足跡を追いやすく、雪などほとんど降ることのなかった関東での狩猟に比べて、むしろ簡単だとさえ感じつつあった。今シーズンもすでに何頭も獲っており、今日獲れば冷凍庫は埋まるだろう。
こんなにうまくいっていいのかな、と思うほどだった。
そろそろ追いついても良さそうなもんだけど……と辺りを見渡していたときのことだ。追っている足跡と交差する形で別の足跡があった。遠めにもシカとは歩幅が違う感じがする。近付いてみて胸をギュッとつかまれた思いがした。ヒグマの足跡だった。
追っていたエゾシカの足跡に比べれるとずっと古い。肉球の形に加えて、肉球の先に5本の爪痕も見えた。少し内股気味のその足跡は小さな谷に向かっていた。
足跡が強烈な存在感を放っていた。足跡の上に、はっきりとヒグマの姿を思い浮かべることができた。野生のヒグマを見たことがないにもかかわらず、である。左足をあげると同時に隆起する筋肉。その足を降ろしてわずかに全身が左に振られ、右足を前に出す。谷を流れる風に揺れる毛まで想像できた。初めて見るハッキリとしたヒグマの足跡だった。
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