レストランにて
「ボンソワール、マダム」
誂えたスーツを纏い、優雅に中折れ帽を下げて祖父が挨拶すると、
店主はあたふたと出迎え、目を丸くしその背中を見送った。
それはそうだろう。
日本の、しかも畑の真ん中にある小さなフランス料理店に、そんな挨拶する人は祖父以外にいない。
しかし、祖父はそういう人だ。
国々を旅し、然し大病を患ってからは飛行機に乗れなくなった彼には、例え田舎で日本人が開くレストランであっても、旅行と同等の社交の場になった。
祖父は食通で、その国の食と酒をこよなく愛したが、
『本場はこうなのに』と、日本で食べる他国料理を、その国の味と比較し貶める事は決して無かった。
そんな自慢を声高にするのは、何より品位が下がると言うのが口癖だ。
なので、和とも洋ともつかぬ味のするトマト料理を出されても、店主に感謝の言葉を和やかに述べ、こっそり私の器に移しただけだった。
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