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春 | 002

前回までの話
https://note.com/syunny333/n/n058fb7af678b

新しい職場は、思っていたよりもホワイト企業で、遅くともだいたい19時には退勤できた。
前職では早くでも21時だったから、ありがたいと思うべきなのだが、逆にそんな時間に開放されたとして、何をすれば良いのか分からず手持無沙汰になることがあるので、まだ私の身体にはなじんでいないのだな、と感じる。

歓迎会では、上司と隣になり、割と長い時間話すことができた。

上司は妻子持ちだった。子供は三人もいるのだと言う。このご時世では子だくさんと言われる方だろう。私にはそんなそんな、三人の人間を身ごもり、きちんと産み育てていく自信がなく、上司の奥さんに対してはただただ畏敬の念を抱くばかりだ。

あの日、スーパーで見かけたことは言わなかった。

送別会の帰りは、なんとか時間をつぶすべく、1人で会社近くの喫茶店に入った。

上司と部下という関係性については、彼の口数が少ないことに対して抱いていた懸念が大きなリスクとなっていたものの、そこは私が空気を読みつつ、彼の言葉を自分の頭の中で咀嚼しつつ、なんとかうまくやっていけそうな気配を感じ取っている。
前述した通りホワイト企業な勤務体系ということもあり、私の転職は成功だったと言えるかな、と感じ始めている。

上司と、男女という関係になるのは、あまり得策ではないように見えた。この関係性を崩すのがもったいなかったからだ。
まぁ、久々に好みの男性を見つけて、少し浮かれてしまったのだろう、と落としどころを探るのが精いっぱいで、進展させようというモチベーションは完全に消えていた。そんなことよりも私は、仕事をきちんとやっていくことに夢中になるべきなのだ。

が、その気持ちをあっさりへし折るようなことが起きた。

ある日、クライアント先へ上司と共に同行した時だった。クライアント企業を出たところで上司が、
「俺、今日はこのまま直帰しようかな。稲城さん、どうする?」
そう言われ、それじゃ私も、、と言うと、
「ちょっと飲み行こっか、軽く」
と誘われた。

上司だから、仕事の帰り、軽くだから、と私は自分に言い聞かせ、上司に付き合った。焼き鳥を売りにする、良くあるチェーン店だ。

彼は店に入ってビールを注文するとYシャツの腕を捲った。その仕草、好きだったんだ私、と言わんばかりにそれを凝視してしまった。
上司は、腕が太かった。
私が見とれていると、ビールが到着した。

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