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あの男の人は多分、言葉の使い方をきちんと学んでこなかった人だな。

さっき、転職先の面接で担当してくれた人。おそらく、私の上司になる予定の人だ。

外見は好みだった。
外見が好みというのは仕事のやる気を引き出すのにとても重要なポイントで、その点では良かった、

が、

それにしても冒頭の感想が、頭の中で私が意識しているエリアで、95%くらいを占めている。

きっと頭脳は明晰なはずだ。口数は少ないが、言うことはストレートに伝わってくるし、必要以上に喋らない人なのだろう。
3日後には、私はあの人の部下になるのだ。
この週末で気持ちの整理を付けなければ。

足の指先が冷える。先ほどまでみぞれ混じりだった天候は、私があの会社にいる間に雨に変わった。
パンプスなんて履いてこなければよかった。帰宅したら新聞を詰めよう。きっとストッキングもびしょびしょだ。この感触、嫌いなんだよな。

電車に乗る。電車は帰宅ラッシュを迎え、新宿駅は多くの人で混雑していた。皆、心做しか早足で帰路についているように見える。

女性専用車両の隅っこで、さっき会った上司のことをまた考えた。

おそらく、不安なのだ。

あの人は、私の心をきちんと汲んでくれるのだろうか。

あの人は、今までどんな女の人と付き合ってきたのだろうか。

あの人は、結婚しているのだろうか。子供はいるのだろうか。

仕事だけではなく、あの人の素性まで気になっている。なぜだろう。分からない。

自宅の最寄り駅に着き、そのまま真っ直ぐ自宅に帰る気になれず、駅前のターミナル駅にあるビルに立ち寄った。特に欲しいものは無い。ただ、気持ちをリフレッシュしたかった。と言っても、私の目に留まるものはほとんどなかった。

その中でも目に止まったのは、スマートフォンのケースを販売しているショップだった。持ち物をリフレッシュすることで、気持ちも一緒に洗い流したかった。
黄色の、メッシュになっている、ゴムのような素材、サンプルを触ってみたらとても触り心地が良かったので、それを買うことにした。
朝、電車に乗りながらぼんやりと眺めた河川敷が、菜の花によって真っ黄色に染められていたのだ。その色を連想させてくれた。

多分、一番心配なのは、あの上司の気持ちを十分に汲み取れないかもしれないということだ。私が今まで体験した上司はおしゃべりな人が多く、質問に対して4倍くらいの言葉の量で教えてくれる人たちばかりだった。そこが、今までと違うから、私はちゃんとやっていけるか心配なのだ。

それと、ちょっとカッコいいから独身だったらどうしようという、そちらはあまり重要ではないかもしれないが、もしかしたら私の人生にとっては重要なものになるのかもしれない、、といろいろ考えあぐねながら、私は少しニヤついてしまった。

なんとなく、来週からの職場が楽しみになってきたような気配を感じた。
こういう楽しみがないと、人生って楽しくないもんね、と私は気持ちを切り替えた。

スーパーでローストビーフと赤ワインを買い、レジに並ぼうとしていた時、私はワインを落としそうになった。

あの上司が、スーパーに入ってこようとしていた。独りで。

私は、彼が独身かどうかを確かめるチャンスだと思ったが、そこはもうちょっと先のお楽しみにしておこうと、ワインを強く握りしめた。

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