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「スマイルが一番!」恩師との出会い④

「喉乾いたでしょ?何がいい?水、オレンジジュース?」

店にいた笑顔が素敵な女性に聞かれた。

そう、その女性がピットさんの奥さん、アンさんだ。

「オレンジジュースください。」

いや、ください(シルヴプレ)って言ってないな。
単語でオレンジジュースって言ってるはずだ。
失礼だな…。今まで勉強してたでしょ…。

レジの横の椅子に座ってオレンジジュースをちびちび飲んでるアジア人。怪しい。

でも最高に美味しく感じ、今でもその味を鮮明に覚えているのは、無事に辿り着いたという安心感からか。

「ピットは今、ラボからこっちに向かってるからもう少し待ってて。」

なるほど、店では作ってなくて別の場所にラボがあるのか。
日本ではあまりないスタイルだな。

マダムのアンさん。いつもニコニコ優しい。


「ボンジュール!!」

大きな男性が店に現れた。ピットさんだ!!
(やっと出てきましたね)

半年ぶりの再会。
相変わらず優しい笑顔に貫禄のある佇まい。

準備万端に用意していた挨拶の言葉はひと言も出てこず、ただニコニコ笑って適当なフランス語を返していたと思う。

「ラボにまだスタッフがいるから一緒に行こう。」

ピットさんは店の前に停めた大きなメルセデスのバンを指差した。

すると僕の大きなスーツケースをすっと持ち上げ、バンのトランクにドンッて投げ入れた。(えっ⁉︎買ったばかりなんですけど…)

ちょっとびっくりしたけど、向こうの人はこういうところ結構雑なんです。
日本人なら絶対にそんなことしないけど、暮らしに慣れてくるとそういうところも好きになれた。今、思い返してもクスッとなってしまう。

ガタガタと石畳の道を走ること数分、間口の狭い古い造りの建物に着いた。
大きな金属製の扉がゆっくりと開き、奥のガレージへバンが入っていく。

ここか…。

車から降りて厨房の扉を開けて中へ。

「広い!!」

なんだこの広さは⁉︎ 
基本的に日本のお菓子屋さんの厨房は狭い。本当に狭い。
だから置ける機材、スタッフ数が限られ生産効率も悪い。
ゆえに長時間労働…。という悪循環。

ところが「ダム」の厨房はとても広くて機材もたくさん、作業台も大きい。ちょっとした工場じゃないか。あっけに取られた。

すでに一日の仕事を終えたスタッフたちが待っていてくれた。
ピットさんを合わせて5人。たったの5人!!

この広い厨房でこのスタッフ数ってのも驚き。

お互いに自己紹介が始まり、最後にずっと笑顔でヒゲをたくわえた大きな男性を紹介された。

「彼がグランシェフだよ。」

えっ⁉︎ 彼が…?

ピットさんじゃないの?この店のシェフは??? 

僕が戸惑っていると、みんな一斉に大笑い。

これがアメリカンジョークならぬベルジャンジョークか。
いや信じるでしょ。貫禄あるしこのおじさん。

実はこの人パティシエではなくて、洗い場や配送などの雑用を担当しているボスニア人。フランス語は全く話せないけど、いつも陽気でにこにこ笑顔で話しかけてくれる。イメージで言うと大きなスーパーマリオって感じ。

過去に母国の内戦で国を離れ、ベルギーに移ってきたという壮絶な経験を持つ。
しかしそんなことは微塵も感じさせない明るさで接してくれる。

そのうえ名前がなんと

「スマイル」

もう名前通りの人やん…。

その後のベルギーでの一年間、この人の優しさやユーモアにどれだけ助けられたか。

「スマイル!すぐこれ洗って!」
「スマイル!こっち手伝って!」
「スマイル!これ店まで運んで!」

当たり前だけど仕事中にあちこちでスマイルという言葉が飛び交う。
なんかこれだけでポジティブな空間だよね。

会いたい…。

そんなこんなとやり取りしている最中でもピットさんは横でずっとにこにこ笑顔だ。
結局このピットさんの人柄にみんなが引き寄せられたのか。

初めての海外、新しい職場で不安だったけど確信した。

素晴らしい仲間と出会えたのだ。

僕はなんて運がいいんだ。とにかくここで一生懸命働いて恩返ししようと心に決めた。

ピットさんとのあれこれはまたどこかの機会に書きますね!

スマイルって名前が奇跡的やろ!
「アリン」店のお手伝いをする娘さん。
パティシエ仲間。いろいろあったな〜。
ピットさん。仕事以外にもさまざまなことを教わった。

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