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小説:54歳マイクエで奇跡をみた【8】誰が言ってた。絶望の反対はユーモアだと。

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54歳マイクエで奇跡をみた【登場人物】

シュン 主人公  54歳独身 サラリーマン
クトー 旅の仲間 小中学生のラグビーコーチ
アンリ 旅の仲間 心理カウンセラー
ホリアーティ 旅の仲間 占い師
ナスちゃん 旅の仲間 看護士
ニバミン 旅の仲間 ダイエット指導者
神林(株)ゴールデン•スパイラル 開発担当
千川部長 シュンの出向先の元上司
籠井先生 シュンの小学校の恩師(担任)
平山先生 シュンの中学校の恩師(陸上部顧問)
魂の指南役 正体不明
少年 シュンの小学生時代
片次 シュンの描く漫画の主人公
もやい様 片次の旅仲間

【才能】

完璧といっていいくらいに見事に風邪をひいている。38度と熱もある。僕自身の健康状態は、喫煙なし、飲酒少なめ、健康診断も特に問題なしの男性50代平均よりやや上のはずなんだが。もちろん原因は判明している精神的なもの、いわゆる病は気からだ。夕べ過去の自分に出会い、「呪い」の正体を知り、「魂の指南役」と名乗ったモンスターに本当に追い詰められたからだ。自分の妄想のはずなのに、殺されかけた。

外は雨。今の職場に転職以来、病欠で休んだことはない。令和の時代には、誰にも自慢できないことだが、昭和の頃の僕は皆勤賞にものすごく憧れ、それが学校と会社への貢献の一つだと本気で信じていた。だから、休みを取るヤツを理由によっては、心の中で軽蔑したこともある。
そんな自分がどうだ。惨めだ。自分の妄想で体調を崩したのだなんて誰に言えるだろうか。笑えたものにもならない。とはいえ、本当に動けない。止まらない震えは過去の出来事か熱のせいか。今日ばかりはお休みさせてもらった。

スマホに着信あり。ゴールデン・スパイラルの神林さんだ。メールも届いていた。昨夜の受信したデータが異常な映像だったから、体調を心配してくれてのことだ。ありがたいが無視した。僕の悪い癖だ。昔から問題が発生すると一人で抱え閉じ籠る。親身になってくれていても、差しのべられた手をつかんだことがない。言い訳にしかならないが、今なら理由を説明できる。呪いの一件から心の奥底で誰にも心を許せないからだ。一人で大丈夫なフリをる。結果、友人や仲間を持てず、こもるしかない。一方では他人を信用できない自分に忸怩たる思いを抱えている。

DCGを手にして、グランドメッセージを表示させた。
「今日もワクワクしながら、がんばってます!」 「○○が達成できました!」 「☆☆な情報をシェアします」ポジティブなコメントが飛びかう。一昨日まで、このメッセージがどれだけ自分の励みになったことか。 夢に向かって進む!大人になるに連れてこの考えは特別な人にのみ与えらるものだと思ってきた。しかし、ここだけは違う。本気で夢を追っていいのだと再確認できるからだ。

なのに、今日はまるで勝手が違う。どれも恨めしさしか感じない。まっすぐ空へ巣立とうとする燕のようなみんながまぶしすぎて、目を背けたい。自分は巣籠もりを続けるどうしようもないヤツ。それが現実だもの。「やる気」や「希望」も「呪い」の前にはただ屈するしかないダメなやつだ。

「仕事が追い込みで大変。数日ワークをお休みしますね♪みんなを応援してます。」と心にないテキストを送信した。何をやってるんだ僕は。

ところでCDGをかけているのは、唯一の楽しみがそこにあるからだ。ナスちゃんの存在だ。少し前の話になるが、グランドメッセージへの書き込みから彼女に興味を持った。
「奇跡の1枚」と題された汚れたスニーカーの写真。どこが奇跡だ?でも興味惹かれる。それに添えられたコメントをみて納得した。枝ぶりがいい桜を見つけて、アップで撮るため近寄ったら、足元の水たまりに気づかず、まんまと足をつっこんだという。よりによって、 本日デビューしたばかりの新しいスニーカー。桜の写真は最高のショットを得たらしいが、悔しすぎたので、スニーカーを撮影してアップしてくれたのだ。ユーモアのセンスに敬服した。

誰が言ってた。絶望の反対はユーモアだと。

何事もうまく行かないときは、僕のように案外しかめっ面をして局面に向き合うことが多い。彼女は違う。グランドメッセージには顔を出すことが少ないが、個人のSNSでは発信しているので、フォローしている。ナスちゃんもここで知り合った人と同様に一筋縄ではいかない人生を送ってきた。関係ないが、そもそも思い通りの人生をずっと送ってきた人などいるのだろうか?

で、彼女の話だが、父親に認めてもらえない、愛されてないと感じながら育ってきた。褒めてもらえないことから、自暴自棄へと走り、ついにはリスカで自傷したこともある。他人にはそれをしてほしくないから、医療の道、看護士へすすんだものの、それも父親に認めてほしい一心からではないかと疑問を持っている。そして本当の夢に出会える自分になるため、セミナーに参加したとあった。
プレゼンの練習と称して、彼女と話を機会を儲けたことがある。そこでリスカのこと、父親との関係を聞くことができたのだ、

ふいに彼女が現れた。
「シュンさん、ナースだけにこんにちナース」
「こ、、こんにちわ。」
どう返答していいか分からず、普通に挨拶を返した。
「こんにちナースっていうと、年配の患者さんには、ウケるんだけどなぁ。シュンさんって、おじさんなんでしょ?笑いのツボは一緒かと思ったのに」
苦笑いを返した。
「おじさん、、、だけどね。」
「ここに座っていい?」と隣にちょこんと座る。奇跡の1枚のスニーカーを履いている。
「なんかあったみたいだね。マインドフルネスの瞑想してるって感じじゃないね。シュンさん、昔のドラマの患者さんみたいだし。」
そう言われてみて気づいた。僕は全身を包帯でぐるぐる巻きにされていた。思わず苦笑した。
「それにこの世界もやけにすさんでるね。シュンさんの描く四コマ漫画の世界観と全く真逆だね。」
目の前に広がる景色は、青空こそ拡がっているが、荒廃しきっていた。発達した文明が滅んだ後を描く映画に使えそうな雰囲気だ。温暖化がすすみ海水面が上昇、建物は海に沈んでいる。だからといって、船が航行しているでもなかった。反ユートピア、ディストピア。それがふさわしい言葉だろう。海面から付き出したビルの屋上に僕らはいた。それにしても僕のブログを読んでいたとは驚きだ。
「私、マンガ、アニメ好きなんだ。最近あまり更新してないね。」
ドリーム・スクラップ講座のワークが忙しいのもあるが、心が4コマ漫画を描くような楽しい気分とは程遠いところにあるのだ。
「感想言っていい?シュンさんって面白くするところを面白くしなかったり、面白くないところで、面白くしようとする。」
グサリ。鋭い指摘だ。
「だけど、漫画を描けるなんてすごいよね。才能だよね~」
才能?思わずムッとした。褒め言葉だろうが、才能はない。むしろナスちゃんのセンスでマンガを描いた方が絶対ウケる。だから言った。
「ナスちゃんも描けばいいのに」
ナスちゃんは顔を真っ青にして、大きく首を何度も横にふった。
「JoJo風に言うと、無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄~っ!読むのは好きだけど、自分で描くと思っただけで、ゲーってなる。」
続けて、苦手意識を告白してきた。
「マンガや試験って四角のマスを埋めるじゃないですかぁ~あの時点で無理。」
試験でマスを埋めるというのは分かるが、漫画で四角のマスを埋める?理解するのに少々時間を要した。確かに四角形のコマの中に描いている。もし、四コマ漫画を試験だとしたら、次のように問いが想像できる。「今日あった出来事を四角のマス4つに絵と文字を使って書きなさい。オチはあってもなくても可」だ。

ナスちゃんはすごい視点をもってる。ホントに漫画家向きだよ。やはりただ者じゃない。本人はホントに嫌らしい。
「だから成績はいっつも下の方。音楽と体育は成績よかったし、楽しかったよ。ホントはピアノをずっとやりたかった。」
多才じゃないかと言葉が出そうになっと時、ナスちゃんがこぼした。
「お父さんが言うの。『うるさい』って。」
少しだけ顔に曇ったもやが通りすぎだ。
「私がピアノの練習を始めると、決まって『うるさい!うるさい!』って。」
お父さんに褒めてほしかったのだという。ナスちゃんはお兄さんと二人兄妹。お兄さんは勉強ができて、お父さんと一緒に野球をがんばってたから、褒められていたのに、ナスちゃんは勉強できない分、兄を見習えとよく言われたりしたらしい。ナスちゃんは、ピアノが下手だから、お父さんにはうるさく聞こえたんだと頑張ったらしいが、途中で辞めたという。さらに高校の入試に失敗。お父さんの期待に応えられないから、愛されてないんだとますます考えるようになって、ついには自傷行為、リスカに及んでしまったのだ。
「私って、キングヒッビーだから」
ごめん。イマドキのスラングはついていけない。

すると呆れたようにナスちゃんがいう。
「キング、ヒッピー。カバの王様。大バカってこと。シュンさんの漫画で、ダジャレばかり言ってる社長いるじゃん。通じると思ったのに」
ホントに僕のブログを読んでいるのだと別の意味で感心した。
「ナースを仕事にしてるのは、私みたいなことをしてほしくないから。そうなった子の気持ちに寄り添ってあげたい。」
しっかりと眼差しが、今の僕にはまぶしすぎる。
「もうすでに、人生の目標がみつかっているじゃないか!すごいよナスちゃん!」
できる限りの明るい声で、エールを送ったが、その言葉にもナスちゃんはかぶりをふった。
「たぶん違う。看護士ならお父さんが褒めてくれると思ったのかもしれない。だから自分のために本当の夢を探せる自分になりたい。」
すくっと立ち上がり僕を正面から見つめた。
「私のことはいいの。私が見つけるから。シュンさんこそ、才能生かさなきゃ」

「才能?」

「だから~漫画を描ける才能だよ。」
それこそ、看護士がナスちゃんの夢じゃないように違うんだって。趣味にもならないラクガキ。
僕はムキになって、少年時代のことを話した。同級生の些細な一言で傷つき、下手くそで、誰にも自分の気持ちが分かるはずがないと自身に「呪い」をかけていることを力説した。
ナスちゃんは唇を少し噛みしめ、目が潤っているように見えた。そうなんだと、理解を示してくれたが、主張はまっすぐだった。
「だとしてもね。才能っていうのは、意識しなくても自然にできちゃうことを言うんだって。シュンさんは意識しなくても漫画描こうと思ったら、描けちゃうんだから才能だよ。」
「だって、私みたいにリスカできないでしょ?私にはできちゃった。だから私の才能。」
事実とはいえ、例に出されるとショックすぎる話だ。ナスちゃんは僕の顔が凍りついたのに気がついたらしい。
「ああっ!シュンさんマジメだから、まともにとらないで。今は絶対やらないし、誰であっても止める側だから。」
しばしの沈黙。

「そうだ!私が原作の漫画を描くのってどう?」
思いがけない展開に僕は身を乗り出した。
「争いで荒れはてた世界オズウェイを救うお話。でね、めちゃくちゃかわいい女の子と少年のように夢見る冴えないおじさんの二人が主人公。女の子がピアノをひくとその波動で、溶けた氷山や氷河は極寒という誇りを取り戻す。すると、海に沈んでいた山や大地が大きなあくびをして不要な塩分を吐き出し、植物や動物たちが命をとりともどすの。でも、その女の子は争いの前に、周りの子のようにかわいい見た目がほしかったから、その願いをかなえるのと引きかえにピアノの弾き方を忘れちゃったんだよね。波動を鳴らすビアノは海に沈んだあと、どこにあるのかもわからない。そこへ、いくつかの鍵盤を持った夢見るおじさんが登場してきて、、、」
ほんの一瞬でここまでワクワクするような話を考えられるなんてスゴいと絶賛しかけたが、それ以上に身体がうずいた。僕の創作意欲がもどってきたのがわかる。僕は膝を抱えて丸まっていた姿勢を解き、勢いよく立ち上がる。全身を締め付けていた包帯をほどき、ガチガチに固められていたギプスを叩き壊した。急いでカバンの中からスケッチブックと鉛筆を取り出した。新しいページにキャラクターを鉛筆描きしてみる。めちゃくちゃかわいい女の子を主人公にするのは始めてだ。髪型は?服装は?何より奇跡の波動を鳴らすピアノは今どんな状況で、どんな形をしてるんだ?あ~もどかしい。でも、創作する時は、こういう時間が一番楽しいのだ。
「シュンさん。」
話ならちゃんと聞いてる。インスピレーションだけでもメモさせてほしい。ナスちゃんが何度も僕の肩をゆすってくる。待って、いまいいところなんだ。
「みてよシュンさん。」
あまりに急かすので、顔を上げてみた。目の前の景色に息をのんだ。極彩色の輝きが目の中に飛び込んでくる。そこには生きとし生けるものが放つ生命の輝きがあふれていて、柔らかな光をまとった桃源郷がどこまでも拡がっていた。嗅いだことのない大地が噴き出す息吹が肺をいっぱいに膨らます。僕はそのまま見入ってしまった。これがオズウェイ?
しばらくすると、心地よい風にのって、美しい調べが聞こえてくる。ピアノの音色だ。

「もう世界が甦ったよ。すごいね。シュンさん。」

《つづく》

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