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小説:54歳マイクエで奇跡をみた【9】もっと圧を下げて、素直になれていたら、ひょっとしてひょっとして…

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54歳マイクエで奇跡をみた【登場人物】

シュン 主人公  54歳独身 サラリーマン
クトー 旅の仲間 小中学生のラグビーコーチ
アンリ 旅の仲間 心理カウンセラー
ホリアーティ 旅の仲間 占い師
ナスちゃん 旅の仲間 看護士
ニバミン 旅の仲間 ダイエット指導者
神林(株)ゴールデン•スパイラル 開発担当
千川部長 シュンの出向先の元上司
籠井先生 シュンの小学校の恩師(担任)
平山先生 シュンの中学校の恩師(陸上部顧問)
魂の指南役 正体不明
少年 シュンの小学生時代
片次 シュンの描く漫画の主人公
もやい様 片次の旅仲間

【圧力】

ドカン!ズバッ!ボコッ!ギーッ!擬音でどう表現できるのだろうか?目の前で激しいバトル。いや一方的なバトルといっていい。言葉の刃!無関係のこちらが萎縮してしまうほどだ。
しかし、これはオズウェイの話ではない。
僕の職場の11時現在の話だ。元受け会社の部門長が下請け会社(僕の勤めているところだ)の若手を怒鳴り散らしているのだ。猛烈な圧を受けている若手は30ちょっと。僕も彼も中途採用の同期入社だ。で、怒鳴り散らしている方が僕と同じ年齢で、業界的に勤務年数の意味では圧倒的に先輩である。言われる方にも問題があるだろうが、言う側の言い方にも問題があるだろう。といいながら、部門長と同期入社だったら、「今のやつらは…」と課長の肩を持つ発言をしていたかも知れない。
周囲は何食わぬ顔でパソコンに向かっているが、内心では聞かされる身にもなってみろ!と不満を炸裂しているはずだ。が、僕はというと、少しばかり面白くさえ感じる。先日のナスちゃんの話(もちろんオズウェイの中だから妄想)を思い出しているからだ。意識しなくてもできることが才能だと。そう部門長はきっと何も考えなくても怒鳴れてしまうのが才能なのだ。ちっともうらやましくない才能だが。

そういえば、若手と同じ30代前半の僕はどうだっただろう。怒鳴られてることが当たり前の時代が終焉しかけた時代だった。思えば僕はよく怒られた。いや上司に怒らせる原因を与えていた。親のコネのおかげで就職したクチでそれを引け目に感じていた。そのくせ何もできないのに自分は一人でも大丈夫ならフリをしていた分、余計にタチが悪い。交渉、営業という仕事が好きになれず、勉強しても理解がすすまない。となると、薄い責任感がミスを生みそれが続く。あげくホウレンソウにもよく失敗した。向いてない。いつ辞めるか?悪循環ばかりに頭を巡らせていた。でも、自分というものがないから、辞めることもなく、ただ生活のために仕事にしがみついた。

自分を持ってる同僚や先輩や後輩が羨ましくてしかたなかった。仕事をやり切った先輩はカッコよく見えたし、職場を去った後輩も立派になってた。そいつは士業を目指すといって、二年ほどで退職。さらに二年後、士業とという立場で職場にやってきた。
また「似顔絵を描いてください」と満面の笑みで頼みにきた総務課の子には、同じく幸せな笑みを浮かべる彼氏を隣に描き添えた。完成したイラストは結婚式のウェルカムボードとなった。僕はパソコンでのデジタル制作による職場の人の似顔絵を描いていた。なかなかウケもよく、描いてる時も楽しかった。

ある時、仕事に厳しい先輩が完成した似顔絵をたまたま見たことがあり、「これ仕事にできるんじゃない?」と一言。ほめてくれたはずの声のトーンだったが、その時の僕は見られたくない人に見られたことで、「仕事はできないけど、こういうのは上手だね?」としか聞こえず、ムキになって無用なリアクションをとってしまった。似顔絵力が上がるということは、本来の仕事のモチベーションが下がりきっている証拠でもあったからだ。どんなに他人の明るい未来を描けても、自分の未来の姿は下書きさえ描けなかった。似顔絵もそう頻繁に頼まれるものでもなく、仕事を上回るほどの熱量がうまれるわけではなく積極的に宣伝することもなかった。

危ない!仕事中でよかった。もし、CDGをかけていたら、どんな敵に襲われていたことだろう。顔を洗いにと席をはずした。さっきの若手とすれ違ったので、声をかけた。いつもどおりの台詞がかえってきた。「まぁまぁ、あんなもんッスよ。」
人ができているのか、飄々としているというか、何かとムキになる僕とは大違い。僕の悪いところはそこだ。特にプライベート、「絵」の話題になると、過剰反応してしまう。良くも悪くも批評されるのが嫌だし、素直に受けとることができない。原因が小学校三年生にあったことが、現在では分かったことが、それをどうすればクリアできるのか思い付かない。トイレの鏡に思わずぼやいてしまう。まるで白雪姫に出てくる魔女だ。やはり呪いだと苦笑いするしかない。

帰宅して、CDGをつけて、一瞬だけのつもりでグランドメッセージを覗く。ミーティングが行われていた。仲間の一人のハルちゃんがボクらの集うこの「ドリーム・スクラップ」講座を受講する中で退職を決めたことをみんなに打ち明けていたところだ。
その覚悟というか潔さに、みんなは歓声をあげていた。僕も集団の一員のフリではなく、自然に加われるようになっていた。今日も途中参加ながら、その熱気にちょっと乗ってみた。話題の中心の彼女は教師をしていたが、偏差値社会の業務に疲れており、どう生きるか悩む生徒やその親御さんに寄り添える立場になりたいんだそうだ。それをワークでその夢に気付き、これから同じく「ゴールデン・スパイラル」の別の講座で、カウンセリングを学ぶという。
ホリアーティも参加していたが、今日は素のホリちゃんだ。柔らかい笑みで、相づちをしていた。彼女の水晶やタロットカードには、ハルちゃんの素敵な未来が予言されているのだろう、そんなことを語っている気がした。

やがて、遅れて参加した僕に話が回ってきた。「シュンさんは会社を辞めることも考えてるんですか?」そんな流れだ。確かに未練はない。しかし僕は返答に困った。まだ夢がないから辞めたくても、路頭に迷うだけなのだ。15年年前の似顔絵を描いてた頃と何も変わっていないことに気づく。とりあえず今の仕事を頑張るつもりだと適当にかわして、グランドメッセージから退席した。

呪いが解けるなら、僕は何をしたいんだろうと思いながらコーヒーの準備をしていた。テーブルの上のCDGに新着メッセージありのお知らせが点滅している。
再び覗き込む。仲間からのメッセージだった。
「シュンさん!疲れるせいだろうけど、夢は見つかるよ。」
「とりあえず~とか、もったいないよ」
「シュン、壁にぶつかるなら、圧をあげるっスよ。子供らにも相手に当たりに行くときは、ケガをしないよう圧あげろって。誰もなかなか聞かないけど。」
仲間たちに僕は何もしてない。ただ同じ空間を共有しているだけで、黄金の螺旋階段をまるでエスカレーターに乗るように確実に一緒に押し上げてくれる。ポジティブな圧力だ。
今ならエネルギーヴァンパイアが現れても、うまく対処できそうだが、今夜はそれ以上オズウェイには戻らなかった。

窓をあけて、夜空を見上げる。雲が出ていて、星もほとんど見えない。似顔絵を楽しく描いてた若かった頃の夜空と少しも変わりはしないだろう。似顔絵を先輩に見られたあの時、僕は反射的にムキになってしまったが、ネガティブな圧を下げることができていれば、ひょっとしたら、ひょっとしたら、曇りきた今の夜空と同じような心にも輝きを見つけられていたんじゃないかと思う。今夜は少し自分を解放できそうだ。心の解放向けて真っ直ぐ走っていけますようにと星に願いをかけた。

《つづく》

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