見出し画像

小説:54歳マイクエで奇跡をみた【10】本気の出し方って分かる?/再び…戦いへ

第一話はこちらから

54歳マイクエで奇跡をみた【登場人物】

シュン 主人公  54歳独身 サラリーマン
クトー 旅の仲間 小中学生のラグビーコーチ
アンリ 旅の仲間 心理カウンセラー
ホリアーティ 旅の仲間 占い師
ナスちゃん 旅の仲間 看護士
ニバミン 旅の仲間 ダイエット指導者
神林(株)ゴールデン•スパイラル 開発担当
千川部長 シュンの出向先の元上司
籠井先生 シュンの小学校の担任
平山先生 シュンの中学校の陸上部顧問
魂の指南役 正体不明
少年 シュンの小学生時代
片次 シュンの描く漫画の主人公
もやい様 片次の旅仲間

【逃避】

「シュンちゃんって運動は続いてるの?プロフィールにウォーキングとあったよね~」
グランドメッセージをダイレクト送ってきたのは、ニバミンさんだ。彼女は「なんば歩き」を使った自身が考案した健康ダイエット法を世に広めるのが夢だ。歩きを提唱するには聞き取るだけで精いっぱいになりそうなほどの早口。プレゼンの時の喋りは競歩以上のテンポだった。しかし、説得力のある物言いに圧倒されるといったのが僕の印象。その勢いがあれば夢を加速させられますよ、という感想を答えるのが精一杯だった。

さて、ニバミンという聞き慣れないハンドルネーム。彼女のSNSによると、愛用者するスポーツブランド、ニューバランスの民ということからつけたらしい。ネーミングセンスにも圧倒される。僕だとシュンは本名だから、本当いうと恥ずかしい。でも、せっかく格好つけずに身軽に旅に出たいところだ。それより何より、呪いを解いてもらうオズの前では素顔つまり本名でいかないと、願いを聞き届けてもらえそうにないからだ。

日常では昔から名字で呼ばれていたことが多かった。あだ名はロクなのがないから嫌いだ。タレ目だからタヌキ。これは期間も短くまぁいい。
問題のあだ名はオジンだ。
中学生の時だ。陸上部の顧問が命名者。オーディーン(北欧神話の主神にして戦争と死の神)の略ならともかく、行動がおっさん臭いというのが命名の理由だ。だから死ぬほど嫌だった。同じ部活の同級生にならまだしも、後輩からも「さん」付けのオジンさんと言われるほど、部活内ではそれが定番化した。いまなら生徒の中身を見ず、外見であだ名をつける等と炎上案件になるだろう。
死ぬほどイヤと書いたが命名者の平山先生は恩人だ。平山先生がきっかけで陸上競技に出会えた。中学では絵の方向が気になり美術部を考えていたが、いかんせん、そっちには呪いの絡みがあり選ぶに選べなかったのだ。運動音痴だったが、たまたま足が早かったことからスカウトしてくれて、中学三年間はいわゆる汗と涙に明け暮れる日々も送れたのだから。よって「オジン」にも1ミリほどの愛着はある。

「ちょっと、なんかコメントしてよね〜シュンちゃん。急かしてるつもりはないけど。」
とテキストが表示されるも、僕には急かされたとしか感じない。悪い人じゃない。今日も圧倒的なだけだ。
ニバミンさんに答える。
「自転車通勤に変えたから、運動してませーーん。」
と返信した。
すぐさまメッセが表示された。
「電車通勤できるところはそれでいいよね~地方じゃ車必須だから、運動不足になっちゃうんだよ。」
こっちも四国だから、地方なんですけど~と心の中で突っ込みいれながら、へええと返信。またリプありだ。本題は別のところだった。
「あたしね、ホントに本気になったことがないの。なんか冷めちゃうっていうかさ、ダイエット法のことも今も本気が出てるのかどうだかわかんないんだよね~シュンちゃんってさ、コツコツやってそうじゃん。サラリーマンも相当長いんでしょ?組織にいたりすると、いろんな本気の出し方知ってそうだし。」

本気か。

マンガだと「ハアアアッ!」といって気合いを込めて地面を踏みしめて踏ん張ると本気を出せるのだが、現実はどうだろう。僕の本気はどうだろう。もちろん、ドリーム・スクラップセミナーには本気のつもりだ。ウォーキングしてたころは3日坊主で辞めては、また三日坊主が復活といったことの繰り返しだ。仕事はクビにならないように必死だけど、いわゆる本気は出したことないかもと返信した。

思い出話をたどっていた。中学では駅伝の選抜メンバーにも選ばれた。選抜というくらいだから、所属する部活は関係ない。早い順にAチーム、Bチームの2チームが編成され大会に出場する。陸上部だったし、Aチーム入りが希望だった。残念ながら一歩及ばず僕はBチームだ。Bとはいえ、平山先生に選ばれたのだから、うれしさに代わりはない。

オズウェイの中で走ってみるのもいいかなと考えた。現実だと走ることがない。ランニングなんか特にご無沙汰だから、ケガしたらなんてことに怯える54歳でもあるし。しかし、ここはイメージの世界。飛ぼうと思えば飛べるのだ。
走り始めた。足取りが軽い。軽い。軽い。空気を切り裂いて前進するの心地よさがたまらない。小さい頃の走るとは急ぐための本気の手段。でも陸上を始めて覚えた制約のないコースを駆け抜ける爽快感が蘇る。汗と涙の部活と思ったが楽しかったから、続いたんじゃないのかな~と感慨にふける。と同時にニバミンさんにも「楽しさが鍵だ」と伝えたい。すると、隣にニバミンさんが並んでいた。追い付いてきたようだ。

「レースじゃないからよ。」
「もし、これが駅伝のチーム分けをする選抜レースだったら?」

つっかかった物言いだ。
「何を言ってるんです?」
「とぼけちゃて〜私が『本気』を話題にした時、本気出してないフリして、逃げたこと思い出したくせに。」
全身の血液が逆流したかと思うほど、ぞっとした。走るスピードが一気に落ちた。思い当たるフシがあるからだ。
「何があったんです?僕、気に障ること言いました?」
軽く受け流す風に問いかけた。
「別に。楽しさが鍵ね。。。」
ニバミンさんは走り出した。いつもどおり自分のペースで話を進め、圧倒していった。
「何だよ。感じ悪〜」ムッとしたので、追いかけた。軽く追い抜いて、笑ってやるか。たまには圧倒してやるのも悪くない。シューズのひもをしっかり締めなおしてGOだ!しかし、いくら速度を上げても、少しの差で追いつけない。これが僕の全力か?このまま追いつけないとしたら、どこが何がゴールとなるんだ?それにいつまで続くんだ?次第に大きな息を口でしているのに気づく。息が上がっている。もう速度をあげられない。

そう思った時、胸が苦しくなった。違う痛みだ。胸をみた。矢のようなものが刺さっていた。ニバミンさんをみた。すでにニバミンさんは立ちどまってこちらを見ている。手にはボウガンのようなものを持っていた。
「あの時もそうだったんでしょ?最後の駅伝の大会となる選抜レース。スタートも悪くなかった。でも、いつもより、早く息が上がって、走れなくなった。理由はわからない。ただこのままじゃ、憧れのAに入れない!下手したらBでも下の方だということは分かった。」
また見えない矢のようなものが刺さった。
僕は激痛のあまりにかがむ。でも言われていることは図星だ。
「昨日まで本気でしかも必死でやってきたのに、結果につながらないなんて、カッコ悪いよね。そりゃ、調子悪いフリしちゃうよね。本気を出せなかったフリ。それがあなたよ。」
ここまで言われてようやく気づいた。あそこにいるのはニバミンさんじゃない。エネルギーヴァンパイアだ。僕の逃げたい過去の記憶が敵を作り出してしまったのだ。

ニバミンさんの輪郭が次第にぼやけて、別の姿へ変貌していく。敵は続ける。
「結果、Bにも入れないタイムでゴールした。体調が悪いと、平山先生にうまく誤魔化したよね。」
胸の痛みが増大する。これは矢の攻撃ではない。永遠に消し去ってしまいたい黒歴史、あの日の自分の行為、勝負から逃げた日の心の痛みだ、、、あの日を思い出さずにいられなかった。Aに入れないとわかった瞬間。レースを放棄しながら走って、とりあえずゴールした。一生懸命やってきた。結果がついてこないことを受け入れられなかった。それで終わってもいいつもりだった。逃避行だった。

しかし、選抜といいながら、平山先生は僕や他の生徒のこともみていた。だから僕をはずさずルールを変えて、人数を絞って再度選抜レースを開催したのだ。先生に気を使わせた、裏切ったこと、口には出さなかったが、後悔の念がしこりとなり悪性新生物のようにずっと僕の心をむしばむことになった。だから、忘れたかった。心から消し去ったつもりだったのに。
だが、今はエネルギーバンパイアが僕からエネルギーを奪うための攻撃。ただの過去だ。反撃するんだ。
「今もそう。結果が出ない本気なんてダサいもんね。自分を認められない愚かもの。これからもずっとそう。でしょ?」
悔しさしか湧いてこない。それでは反撃の力とならない。希望か?違う。事実の前にウソの希望を抱いてもたぶん攻撃は発動しない。せめて、高校でも陸上競技を続けていたら、逆転のシナリオがあったかもしれない。

続けるから生まれる逆転のシナリオ。

20世紀を代表する戦場カメラマンといえば、ロバートキャパだ。スペイン内戦中に撮影した「崩れ落ちる兵士」と呼ばれる写真は、至近距離で兵士が撃たれ倒れる瞬間をとらえた衝撃的な一枚として、彼の名を一躍有名にしたのだ。だが、あまりに見事すぎるため、この写真は演習中の写真だとか、当時付き合っていた彼女が撮影したとか、真実を巡る論争が延々と続いた。
その時、そう言われたことをキャパはどう思っていたのだろう。今の言葉でいうヤラセがそこにあったとしても、きっとこだわりはなかったのかもしれない。その後、自らの危険を顧みず、激化する戦場をめぐってはその最前線でシャッターを押し続け戦争の悲惨さを世に伝えたのだ。キャパを自分に重ねるのも強引ではあるが、もし続けていたら、逃げた日のことを通過点にしたり、もしくは糧にできていただろう。ダメだ。反省しかできない思考ではダメなのだ。痛みがます。相手のペースが圧倒的すぎるからだ。

先日の仲間のことを思いだす。こちらの圧を下げるのだ。大丈夫。うまくいく。落ち着こう。当時をしっかり思い出すのだ。過去に何かヒントが見つかるかもしれない。

目を閉じて、あの日に集中する。平山先生と僕の姿が見える。部活終わりの帰り際、一人呼び止められた。しかも、肩をつかまれ乱暴に扱われた。
『オジン!おまえな!ちゃんとやれよ!』
驚いて、とぼけたフリをしたが、何の話かはもちろんあのことだと瞬間的にわかった。ちゃんとやってます、あの日は具合が悪かったと小さくウソをついた。平山先生はいつも以上に真剣だった。
『オレはお前が誰より一生懸命練習してる姿を見てるし、分かっとんやぞ。ふざけやがって。お前はそんなヤツちゃうやろ!』
生まれて始めて怒鳴られた。頭のてっぺんから爪先まで、細胞の1個1個まで余すところなく、痺れてるのがわかるほどだ。震動で身体がバラバラになるのではないかと思った。
『お前な、こんなんで逃げたら、何をしても、どこに行っても一生逃げ続けることになるぞ!』
やはり先生には全て見通されていた。僕は恥ずかしさと気まずさで泣きそうになったが、嘘をついたことで、自分をさらけ出せなくなっていた。だからグッとこらえることになってしまった。頭を下げることはできなかった。ホントはホントはホントは、自分のことをこれほど理解してくれていたことを知り、感謝の思いを吐露したかった。70年代の学園ドラマように先生の前で泣きたかった。
先生の思いを知ることができ、また以前の自分にもどれたのだ。それで大会当日、Bチームとして全力を出し切ったし、さらにいい結果を出したAチームのことも素直に喜べたのだ。

じんわりと、痛みが引いていく。
あれから、先生が言われたように逃げてしまう場面がいくつかあった。でも逃げないこともあった。それができたのは先生の教えのおかげだ。ありがとうございます。
心で感謝を感じた次の瞬間、僕は自分の身体から光の塊と化し、宙を駆け巡り、絶スピードのままエネルギーバンパイアに接近し、その身体を貫いた。

目の前には、中学校のグラウンドが広がっていた。昭和っぽくいうなら、がむしゃらに走ってた時代だ。誰からタスキを受け取り、一秒でも早く次の人につなぐのだ。
一人じゃなかった。先生だけじゃない。ちゃんとつながってもいたのだ。結果だけでなく、思いもつなぐことができていたら、と思いかけたが、やめた。今日の教訓を明日につなげばいい。

しばらくして、ニバミンさんからグランドメッセージが届いていたことに気がついた。
「弱音を吐きたかったんだよ、ごめんね。シュンちゃん。私はいっつも本気だったんだよ。本気を出すことと結果を出すことはイコールじゃないのに、イコールだと思ってたんだよね。言い訳するため、本気出してフリなんて言ってたんだよ。」
ニバミンさんも僕と一緒か。コメントにいいねをつけた。次の瞬間だ。怒涛の長文が送信されてきた。もはや攻撃だ。ここでは内容を省略させてもらう。ようやく読み終えて、先の中学時代のことを簡潔にまとめて返信。どんな感想がかえってくるのかな、ドキドキしながら待った。
「なるほどね。ところで、シュンちゃんは自転車通勤に変えたってことは、車を使ってないこと?!スゲーじゃん。そーいや香川県も同じ田舎の車社会じゃん。地方仲間だね。お休み☆」
僕は苦い記憶と戦うのにあんなにてこずったというのに、なるほどねと瞬殺だ。しかも一言多い。でも、地方仲間か。なんかうれしくなった。

《つづく》

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?