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趣味のデータ分析055_男女賃金格差の謎⑥_40万円の壁

054で、男女の所定内給与の分布について、様々な区分けで概観したが、そこで2つの発見があった。
一つは、「40万円の壁」で、40~45万円の所得階層が、それ以前の所得階層より多くなる現象が、区分け横断的に度々見られたこと。階層の分け方以上の何かが隠されている可能性も感じる。もう一つは、女性の学歴について、学歴の上昇が賃金の上昇に繋がっていない(分布形状に差がない)、という現象だ。これも常用職員がユニバースになっているゆえかと思われるが、女性労働力が社会的に無駄になっている可能性を示唆するものでもあり、ちょっと深掘りしてみたい。
今回は、40万円の壁について検証する。

40万円の壁が男女格差の淵源?

40万円の壁は、ここでは
①30万円前後に一つピークがあり、そこから所得階層が上昇するほど度数は減少する。
②40~45万円の度数は、それ以下の階層より同程度以上(ここでは、▲1%ptまで許容)。

の2つを満たす状況と定義する。「▲1%ptまで許容」は完全に恣意的だが、絵的にも±1%ptはこれでもいいじゃん、て感じがするので許してちょんまげ。
典型的なのは、図1のような形である。さらにこれは、往々にして男性にしか見られず、女性では稀である。

図1:40~44歳の常用労働者の性別所定内賃金分布(2020年)(再掲)
(出所:賃金構造基本統計調査)

まずは、054で検討した区分のうち、どれに40万円の壁が発生していたのかを、表1の通り整理しよう。
054でも触れた通りの結果だが、全52区分のうち、男性は半分近くの24区分で壁が存在しているが、女性で壁があるのは6区分にとどまる。しかもその全てが男性でも壁がある区分であり、女性でだけ壁があるような区分は存在しない。そもそも女性は、40万円未満最大値の差分も▲10%ptを超えるところが多く、男性より低い水準に多くの人が集まっていることが分かる。

表1:区分別「40万円の壁」の有無(2020年)
(出所:賃金構造基本統計調査)

表1は一部重複というか、二度書きの区分もあるので、それを除いたのは下記。この場合、全44区分のうち男性で壁があるのは21区分、女性は5区分となった(いずれも男性の壁と重複)。

表2:区分別「40万円の壁」の有無(重複区分除去)(2020年)
(出所:賃金構造基本統計調査)

では、表2に基づき、もう少し、壁の有無に着目してまとめてみよう。特に、40万円の壁は、男女格差の面から見たらどうなっているのだろうか。それを示すのが表3と図1である。
思った以上に、壁の有無が所定内給与格差の水準と相関していそうな結果となった。表3で見ると、壁なし区分では、男女の賃金差は平均79台だが、男性のみに壁がある業種では72前後しかない。そもそも後者は最大値も77.9しかない(ちなみに情報通信業)。壁がなくとも格差は大きいという指摘はもっともだが、壁の存在が、結果的に男女の賃金格差を助長している、あるいは、壁が存在できるような賃金・雇用・労働制度が、男女の賃金格差の原因となっている、と言えるのではないか。
ごった煮で平均等を作成しているので、直接これを分析対象にするには色々問題含みなのだが、非常に示唆的な結果といえる。

表3:「40万円の壁」の有無と所得格差(概要)
(出所:賃金構造基本統計調査)
図1:「40万円の壁」の有無と所得格差(一覧)(2020年)
(出所:賃金構造基本統計調査)

40万円の壁の変遷

次に、この壁を時系列で追ってみよう。まずは、性別正規非正規別の分布を並べよう。2005年~2022年までのデータで、薄いほうが最近のデータである。時点ごとでそこまで極端な差がある訳では無いが、
・40万円の壁は男性正職員のみ見られること(前半の分析と同様)
・特に女性の分布が徐々に右方偏移(高額化)していること

が伺われる。というか、男性正規職員も僅かではあるが、左側のピークが若干右に移動しており、少なくとも低くなっていないことが伺われる。

図2:男性正規職員の所定内賃金分布
(出所:賃金構造基本統計調査)
図3:女性正規職員の所定内賃金分布
(出所:賃金構造基本統計調査)
図4:男性非正規職員の所定内賃金分布
(出所:賃金構造基本統計調査)
図5:女性非正規職員の所定内賃金分布
(出所:賃金構造基本統計調査)

元々の水準感が低いんだよと言われればそこまでだが(実際消費増税や社会保険料等で、所定内給与が多少増えようと実質手取りベースでは減少している可能性も高いのだが)、賃金自体は減っていないことが伺われる。一応四分位点でもそこは確認しておこう。
正規と非正規で分けているが、男性正職員、特に中央値と第3四分位点はほぼ横ばいだが、それ以外、特に女性については正規非正規問わず着実に上昇傾向にあることが分かる。まあ元々の(以下略)。

図6:正職員の所定内給与の四分位点の推移
(出所:賃金構造基本統計調査)
図7:非正規職員の所定内給与の四分位点の推移
(出所:賃金構造基本統計調査)

雇用形態のほか、もう一つだけ興味深い分け方として、年齢別を確認しておきたい。40~59歳の区分で、男性のみに壁が存在しているが、この傾向は以前からそうなのか?全区分を並べても図が長大になるので、30歳未満、35~39歳、40~44歳、45~49歳、50~54歳、55~59歳、60歳以上の7区分を、正規職員のみで更に仕分けて確認しよう。
グラフはちょっと見にくいのだが、左右で男女に分けた。結果、男性は35歳以降、昔のほうが30万円前後のボリュームが少なく、壁が高い壁が見られるが、。この年代の男性は、総じて所得が上がっていない可能性が高い。
興味深いのは女性の方である。正職員のみのユニバースにしたからか、40歳以降、40万円の壁が若干現れていること、特に最近になるほど、55~59歳ではそれなりのボリュームの壁が現れている(ただし、壁の定義は満たしていない)。またこの年代は、分布の右方偏移=賃金の上昇が著しい部分でもある。

図8:30歳未満の正規職員の所定内賃金分布
(出所:賃金構造基本統計調査)
図9:30~34歳の正規職員の所定内賃金分布
(出所:賃金構造基本統計調査)
図10:35~39歳の正規職員の所定内賃金分布
(出所:賃金構造基本統計調査)
図11:40~44歳の正規職員の所定内賃金分布
(出所:賃金構造基本統計調査)
図12:45~49歳の正規職員の所定内賃金分布
(出所:賃金構造基本統計調査)
図13:50~54歳の正規職員の所定内賃金分布
(出所:賃金構造基本統計調査)
図14:55~59歳の正規職員の所定内賃金分布
(出所:賃金構造基本統計調査)
図15:60歳以上の正規職員の所定内賃金分布
(出所:賃金構造基本統計調査)

少し話がそれるが、所定内賃金中央値の推移を確認してみよう(図16、17)。絶対水準では引き続き滅茶苦茶な差が有り、特に女性は年齢での上昇が小さいのは過去確認したとおりだが、変化率は女性は概ね安定してプラス圏にある、特に高齢になるほど変化率が高い一方で、男性、特に壁のある40~50代の中央値は、むしろ取得期間の大半がマイナスに沈んでいる(かなりボラが激しいので、3年平均だが)。

図16:正職員の年齢別所定内給与の中央値の推移
(出所:賃金構造基本統計調査)
図17:正職員の年齢別所定内給与の中央値変化率の3年移動推移
(出所:賃金構造基本統計調査)

壁の有無についてもまとめようと思ったが、有無だけでいえばほぼ表2の結果と変わりない上とんでもない大きさになったので、表2との差異だけ挙げると、
35~39歳男性正職員については、2005~2008年まで40万円の壁が存在していた
というだけである(上述の通り)。なお全体として、「40~45万円区分とそれ以下の区分の最大割合の差が縮小する方向」に変化している、つまり壁がある区分は壁が消失する方向へ、壁がない区分は壁が生まれる方向へ若干ではあるが推移していることも合わせて指摘しておく(図示はしない)。

まとめ

今回は、40万円の壁について少し詳細を確認してみた。結果、
・男性には様々な区分で壁が見られるが、女性は圧倒的に少なく、女性で壁がある区分は男性でも壁がある区分のみ
・40万円の壁がある区分は、賃金の男女格差が大きい区分である
ことを確認できた。
また雇用形態別(正規非正規別)、年齢別でも分布と壁の存在を確認したが、壁の構造自体は、35~39歳正職員男性以外は変化がないようだ(ある意味ロバストな構造であるといえる)。同時に、図17からは、
男性正職員の賃金は、特に壁が存在するような年代(40~50歳代)で横ばい~下落傾向が見られた
・女性正職員、特に40歳以降の女性では、賃金が上昇傾向にある
ことが確認できた。男性の推移と好対照をなしているといえる。絶対水準だとまだまだ格差は大きいけど。

さて前回、この40万円の壁、つまり月収40~45万円というのは、「所帯持ちの男性」のイメージに近いのでは、という点を指摘した。そして今回発見した事実と合わせると、
・所帯持ちの男性が主に稼ぐ≒専業主婦や家計補助程度のパート妻(更にはそれに基づく核家族化)という、「男性の稼ぎに依存した家庭観」は、男女の賃金格差≒「40万円の壁」が存在できるような賃金・雇用・労働制度と裏腹の関係であった
・男女格差の縮小とともに、(格差の表れの一つかもしれない)40万円の壁も解消されつつある可能性があるが、男女格差の縮小は、女性賃金の上昇と同時に、男性側の賃金の低下によってももたらされている可能性がある
という推察ができる。ロジックは結構飛んでるけど。

いずれにせよ、昭和からの「男性の稼ぎに依存した家庭観」や(幻想としての)中流が、この40万円の壁に支えられていたとしたら、「一億総中流」は、そもそも賃金の男女格差を前提にしたキャッチコピーだったことになる。日本の中流層の没落が謳われて久しいが、それは女性の社会進出に伴う必然だったかもしれないし、であれば、令和時代の「中流層の復活」は、昭和のそれとは全く様相が異なるものになるだろう。
またこの壁の消滅は、日本の雇用、労働慣行や男女格差の(「良い方向」への)変化とともに、また一つ日本という民族国家の抱える共同幻想の一つが融解していくことも意味しているのかもしれない。

また、男女格差の話とは多分経緯を別にして、(103万円の壁を撤廃するなどして)女性雇用をもっと増やしましょうよ、という話もあり、それが結果として「男性の稼ぎに依存した家庭観」を減らすことに繋がるかもしれない。ただ絶対水準としての男女賃金格差が大きいことも揺るがしようがなく、なにより生物学的に、女性が出産する場合に、労働キャリアに一定の断絶が生まれることは避けがたい。家庭「観」はともかく、「男性の稼ぎに依存した家庭」が平均的に減少していくのは、まだ時間を要するだろう。
そして、やや逆説的だが、実際の「男性の稼ぎに依存した家庭」の減少が漸進的であるとしたら、おそらく社会として最悪の事態は、壁が消滅する一方で、「男性の稼ぎに依存した家庭観」や中流幻想が維持されることだ。現実に即しているわけでも、前向きでも外向きでもない共同幻想に囚われることは、すなわち社会が閉塞感――「ぼんやりとした不安」に囚われていることと同義だ。

妙に文学的な締めになってしまった。こういうのはもっと真面目にちゃんと分析した上でやらないと、ごく浅薄な印象しかなくて1ミリも面白くないなぁ。じゃあ書くなよという感じだが筆が滑ったということで。
次回は、残る関心の、女性の学歴の価値について考える。

補足、データの作り方など

データソースは、今まで通り賃金構造基本統計調査
少し補足すると、まずデータは(多分)2005年までで、それ以前は分布のデータがないと思う。ちなみに単純なデータだけならestatだけでなく労働政策研究・研修機構から更に長期系列を取得できる。毎年やってる調査だが、割とデータ取得項目が細々変わるデータなので、なかなか悩ましいデータでもある。事業所調査で、家計調査よりは賃金の絶対学については信頼性が高い調査だとは思っているのだが。
また、年齢区分について、2007年以前と2008年以降で若干異なっている。2007年以前は、17歳以下、18~19歳のデータがあるが、65歳以上という区分しかない。2008年以降は、19歳以下と若年層がまとめられた一方、65~69歳、70歳以上と高齢者の区分が詳細化された。まあ時代の変化だろう。前者は中卒と高卒をざっくり分けられるというメリットはあったが、元データには学歴別データもくっついているので、あまり意味はない。

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