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趣味のデータ分析054_男女賃金格差の謎⑤_分布はどれほど歪んでいるか?

これまで男女の賃金格差について、勤続期間の差、職階の差、年齢の差、業種の差、企業規模の差、職種の差、学歴の差について、どれほどの効果を及ぼしているかを検討してきた。データソースに違いがあるので、結局一貫的な調査はあまりできていないが、結果として、これらの説明能力はせいぜい50%程度であり、男女の賃金格差の残り50%、金額的には40万円、この差がなぜ存在しているのかは分からなかった(図1)。

図1:8期間の定めのない男女の平均賃金と補正後女性平均賃金(全統制)
(出所:賃金構造基本統計調査)

これ以上この理由を深掘りするのは、データもないしやる気もないが、ソースであった賃金構造基本統計調査をしゃぶり尽くすという意味で、今回は要因ごとの分布の男女比較をしてみたい。

要因別の分布

では早速要因別に、男女別の所定内給与(月収)の分布を並べていこう。ちなみに一部のデータはクロスで分布を作成できるが、高次元分布を可視化するうまい技術がないし、サンプルが少なくなるので、あくまで性×一つの要因、という形で分布を示す。検証する要因は下記の、①、⑤~⑨の計6種類である(職種も、一職種あたりのサンプルが少ないので無視する)。
①正職員とパート、非正規の差(雇用形態の差)
②労働時間の差
③保有資格の差
④勤続期間の差
⑤職階(役職)の差
⑥年齢の差
⑦学歴の差
⑧業種の差
⑨企業規模の差
⑩生活手当の差

雇用形態の差

雇用形態の差は全部で8種類。ただ、正規職員は基本的に期限の定め無し、非正規職員は期限の定めありなので、前半4つを見ていただければだいたいOKである。
いずれの雇用形態でも、女性の方が男性に比べ山が左側にあり、女性の方が賃金が低いことがわかる。併記した四分位点でも総じて女性の方が低く、正規職員の75%点には100万円もの差がある。これはひどい。またひと目で見て興味深いのは、特に男性で、40~45万円のところで「壁」があることだ。これは、これ以下のカテゴリでは2万円幅、40~60万円までは5万円幅なので、単純に2倍以上の数が含まれることになるのだが、男性の方が絶対割合も多いうえ、それ以下のカテゴリの最高水準と同じくらいの高さまで壁も高くなっていることから、かなり目立つ。
女性でも、38~40万円の割合に比べ、40~45万円の割合は2倍くらいいるので、そこは男性と同じだが、女性は40~45万円稼ぐ者の割合は20万円前後のボリューム層と比べ圧倒的に少ない。その意味で、この「40万円の壁」は、雇用形態別分布を見る限りは男性特有の現象であるといえよう。

図2:正職員の性別所定内賃金分布(2020年)
(出所:賃金構造基本統計調査)
図3:非正規職員の性別所定内賃金分布(2020年)
(出所:賃金構造基本統計調査)
図4:雇用期間の定めのない労働者の性別所定内賃金分布(2020年)
(出所:賃金構造基本統計調査)
図5:雇用期間の定めのある労働者の性別所定内賃金分布(2020年)
(出所:賃金構造基本統計調査)
図6:正職員で雇用期間の定めのない労働者の性別所定内賃金分布(2020年)
(出所:賃金構造基本統計調査)
図7:正職員で雇用期間の定めのある労働者の性別所定内賃金分布(2020年)
(出所:賃金構造基本統計調査)
図8:非正規職員で雇用期間の定めのない労働者の性別所定内賃金分布(2020年)
(出所:賃金構造基本統計調査)
図9:非正規職員で雇用期間の定めのある労働者の性別所定内賃金分布(2020年)
(出所:賃金構造基本統計調査)

職階(役職)の差

職階については、まず役職の有無で分ける。役職のある男性は、40万円の壁がデカい(図10)。というか、13.5%で最大割合である。それ以上の区分も、70万円台まで非常にボリュームが大きい。ただ、女性でも、男性よりは低いが一応40万円の壁が存在している。四分位点で見ると、分位点が上がるごとに、男女の差分も大きくなっている。
役職なしでも、特に男性には低めの壁があるが、20~30万円台のほうがよっぽど大きいボリュームである(図11)。

図10:役職のある期限の定めのない労働者の性別所定内賃金分布(2020年)
(出所:賃金構造基本統計調査)
図11:役職のない期限の定めのない労働者の性別所定内賃金分布(2020年)
(出所:賃金構造基本統計調査)

役職ありの詳細を確認してみよう(図12~14)。役職は係長、課長、部長である。係長、課長では40万円の壁が存在している。さらに、課長、部長級では、40万円からがむしろボリューム層である。
分位点では、職階が上がるほど、また分位点が上がるほど差が大きくなる。部長級では、どの分位点でも10万円程度の差がある。なんで部長という同じ肩書で、ここまできれいに差が出るのだろうか。
また、男性は職階で分位点の値も順調に高くなるが、女性はあまり差がない。男性課長の中央値は47万円、男性部長では54万円と7万円上昇しているが、女性ではそれぞれ41万円、44万円と3万円しか上昇していない。というか、女性部長は男性課長より給料が低い。あくまで統計上の話だが、なんでこういう事が起きるのかは非常に興味深い。業種や年齢の要因もあるだろうが、それらが十分な説明力を有しないことは前回までで確認している。例えば部長級でも比較的給料が低い、重要度が低い部の長になっている割合が高いなど、ある意味での女性差別的なものが隠されているのかも知れない。
…ていうか、男性の部長の最大ボリューム層は60~70万円かぁ。良いなぁ。

図12:係長級の期限の定めのない労働者の性別所定内賃金分布(2020年)
(出所:賃金構造基本統計調査)
図13:課長級の期限の定めのない労働者の性別所定内賃金分布(2020年)
(出所:賃金構造基本統計調査)
図14:部長級の期限の定めのない労働者の性別所定内賃金分布(2020年)
(出所:賃金構造基本統計調査)

年齢の差

年齢だとこんな感じである。051の図8でも確認したとおり、分布についても30歳くらいから男女差が出てきている…が、よく見るとそれ以下の年齢でも、男女のピーク給与は同じカテゴリだが、次に多いカテゴリは、男性ではより高い方、女性ではより低い方に存在している。若いうちでもそれなりに男女格差があるようだ。まあ、形状的に露骨になってきているのは30歳以上からとはいえるだろう。
40万円の壁は、35歳以上の男性から表れ始め、40歳で確定的、以降59歳まで存在感を放っている、というか最大ボリュームである。一方で、女性については年齢層で分布が殆ど変わらない。実際、四分位点も大して変動がない。分布で見ても、男性は年齢∝給料だが、女性はそういう傾向はまったくないといえる(もちろん、非正規率の男女差など様々な要因が考えられる)。
もう一つ興味深いのは、60歳以上では定年後ということもあり、40万の壁はほぼ消失、男性は特に分布の右側が一気に消滅しているが、女性は幸か不幸か、そうした傾向はあまりない(ないわけではない)。特に男性は、60歳以降の金銭管理をしっかりすることが、定年後の給料減少のなかうまく生活していくために必須の能力になるだろう。まあ実際には、年金もあるからぜんぜん大丈夫なんだろうけど。日本の高齢者はマジで貯金を切り崩さないからなぁ。。。

図15:19歳以下の一般労働者の性別所定内賃金分布(2020年)
(出所:賃金構造基本統計調査)
図16:20~24歳の一般労働者の性別所定内賃金分布(2020年)
(出所:賃金構造基本統計調査)
図17:25~29歳の一般労働者の性別所定内賃金分布(2020年)
(出所:賃金構造基本統計調査)
図18:30~34歳の一般労働者の性別所定内賃金分布(2020年)
(出所:賃金構造基本統計調査)
図19:35~39歳の一般労働者の性別所定内賃金分布(2020年)
(出所:賃金構造基本統計調査)
図20:40~44歳の一般労働者の性別所定内賃金分布(2020年)
(出所:賃金構造基本統計調査)
図21:45~49歳の一般労働者の性別所定内賃金分布(2020年)
(出所:賃金構造基本統計調査)
図22:50~54歳の一般労働者の性別所定内賃金分布(2020年)
(出所:賃金構造基本統計調査)
図23:55~59歳の一般労働者の性別所定内賃金分布(2020年)
(出所:賃金構造基本統計調査)
図24:60~64歳の一般労働者の性別所定内賃金分布(2020年)
(出所:賃金構造基本統計調査)
図25:65~69歳の一般労働者の性別所定内賃金分布(2020年)
(出所:賃金構造基本統計調査)
図26:70歳以上の一般労働者の性別所定内賃金分布(2020年)
(出所:賃金構造基本統計調査)

学歴の差

学歴別だと、図のように、学歴が高いほど分布も右寄りになっている。これまでとの違いとして、女性より男性の方が「職階、年齢ともに上がるほど賃金も上がる」傾向が強いが、学歴については、学歴が上昇しても格差の広がりは見られない。よって、男女格差は維持されているものの、「学歴が上がると賃金の男女格差が広がる」というような傾向は見られない。特に専門学校卒の女性は、高卒比で男性よりも賃金の伸びが大きく、中央値は50万円近く伸びている。大卒とほとんど変わらない水準である。医療、介護系だろうか?女性は4年制大学行くより専門学校行ったほうがコスパが良いかも知れない。ただこれは、ユニバースが一般労働者、つまり非正規職員も含まれているためで、大卒女性でも(結婚、出産等で)非正規職員になっているために発生している見かけのコスパの可能性も否定できない。
40万円の壁は高専、短大卒、大卒、大学院卒の男性で見られるが、そもそも大学院卒は男女ともに形状が他と全く異なっており、部課長級の分布の形状に近い。つまり、40万円以上のほうが分布のボリューム層になっている。大卒比では男女でそれぞれ中央値で75万円、100万円伸びており、これまた4年制大学よりコスパが良いように感じる。大学院卒は薬剤師、医師、弁護士、会計士など、高所得独立系の業種が多いからかも知れない。

図27:中卒の一般労働者の性別所定内賃金分布(2020年)
(出所:賃金構造基本統計調査)
図28:高卒の一般労働者の性別所定内賃金分布(2020年)
(出所:賃金構造基本統計調査)
図29:専門学校卒の一般労働者の性別所定内賃金分布(2020年)
(出所:賃金構造基本統計調査)
図30:高専・短大卒の一般労働者の性別所定内賃金分布(2020年)
(出所:賃金構造基本統計調査)
図31:大卒の一般労働者の性別所定内賃金分布(2020年)
(出所:賃金構造基本統計調査)
図32:大学院卒の一般労働者の性別所定内賃金分布(2020年)
(出所:賃金構造基本統計調査)
図33:学歴不明の一般労働者の性別所定内賃金分布(2020年)
(出所:賃金構造基本統計調査)

業種の差

業種はめちゃくちゃ多いので見るだけでも鬱陶しい。
まず、並び順が男性の平均賃金が高い順なのだが、平均賃金が高い業種ほど男性の40万円の壁が高く厚い傾向がある。逆に女性の40万円の壁はインフラ業(電気、ガス、水道等)くらいで、ほかには見当たらない。
ほかに興味深い点は、生活関連サービスの男性が、40万円のところ以外にも複数山があるというところか。いずれにせよ、業種ごとに平均だけでなく分布の形状も大きく形が違うということは、個人の能力の他に、どの業界で勤務するかということが、得られる賃金に大きな差を産みうる、ということを示唆している。

図34:金融・保険業の一般労働者の性別所定内賃金分布(2020年)
(出所:賃金構造基本統計調査)
図35:教育・学習支援業の一般労働者の性別所定内賃金分布(2020年)
(出所:賃金構造基本統計調査)
図36:学術研究等の一般労働者の性別所定内賃金分布(2020年)
(出所:賃金構造基本統計調査)
図37:電気、水道、ガス等の一般労働者の性別所定内賃金分布(2020年)
(出所:賃金構造基本統計調査)
図38:情報通信業の一般労働者の性別所定内賃金分布(2020年)
(出所:賃金構造基本統計調査)
図39:不動産、物品賃貸業の一般労働者の性別所定内賃金分布(2020年)
(出所:賃金構造基本統計調査)
図40:医療、福祉の一般労働者の性別所定内賃金分布(2020年)
(出所:賃金構造基本統計調査)
図41:卸売、小売業の一般労働者の性別所定内賃金分布(2020年)
(出所:賃金構造基本統計調査)
図42:鉱業の一般労働者の性別所定内賃金分布(2020年)
(出所:賃金構造基本統計調査)
図43:建設業の一般労働者の性別所定内賃金分布(2020年)
(出所:賃金構造基本統計調査)
図44:複合サービス業の一般労働者の性別所定内賃金分布(2020年)
(出所:賃金構造基本統計調査)
図45:製造業の一般労働者の性別所定内賃金分布(2020年)
(出所:賃金構造基本統計調査)
図46:生活関連サービス業の一般労働者の性別所定内賃金分布(2020年)
(出所:賃金構造基本統計調査)
図47:その他サービス業の一般労働者の性別所定内賃金分布(2020年)
(出所:賃金構造基本統計調査)
図48:運輸、郵便業の一般労働者の性別所定内賃金分布(2020年)
(出所:賃金構造基本統計調査)
図49:宿泊、飲食業の一般労働者の性別所定内賃金分布(2020年)
(出所:賃金構造基本統計調査)

規模の差

最後は規模ごとの差である。補正してもほとんど差が出ない項目筆頭だが、分布では少し違いがある。
男性は1000人以上規模とそれ以下の規模で賃金差が生まれているが、女性は逆に100人以下かそれ以上かで賃金差が大きい。女性だとわざわざ大企業を狙う必要はないのかも。逆に男性は積極的に大企業を狙うべきか。
また、男性の40万円の壁は特に100~999人規模の企業で特に見られ、100人未満規模ではあまり見られない。女性にはそもそも見られない。

図50:規模1,000人以上企業勤務の一般労働者の性別所定内賃金分布(2020年)
(出所:賃金構造基本統計調査)
図51:規模100~999人企業勤務の一般労働者の性別所定内賃金分布(2020年)
(出所:賃金構造基本統計調査)
図52:規模10~99人企業勤務の一般労働者の性別所定内賃金分布(2020年)
(出所:賃金構造基本統計調査)

まとめ

ひたすら分布を並べただけの回だが、いくつか興味深い現象も発見できた。
一つは「40万円の壁」である。もちろん度数分布上のカテゴライズの綾という側面もあるが、女性より男性に高頻度で見られる、この壁がある仕分けでは賃金の男女格差が大きいように見られるなど、少し踏み込む価値のある現象であるようにも思われる。
月収40~45万円は、だいたい手取り30~35万円くらいで、年収ベースでは500万円前後、ボーナスと残業代を込みにすれば600万円前後になるだろうか。いわゆる「所帯持ちの男性」のイメージはこれに近いように思う。その意味でも、(幻想としての)「中流」はこのへんなのかも知れない。40万円の壁について、ヒストリカルに遡っても面白いかも。
もう一つは、学歴分布で女性の学歴が高くなっても、給料の変化に反映されていないという点。ユニバースが一般労働者で、それまで正規職員として勤めていた大卒女性でも、結婚、出産を期に非正規職員化するためだと思われるが、その事実確認はやっておくべきだろう。また、既婚未婚の区分けのもとで確認するのも有意義かも知れない。

分布の話はこれ一回で終わるつもりだったが、上記の点について、また確認してみたい。

補足、データの作り方など

図表計52個、6000文字を超えた。疲れた。データソースは賃金構造基本統計調査のみ。賃金区分けは、図示したのがデフォルトの区分けで、これ以上の詳細はない。
なお、雇用形態と職階以外の全てのデータのユニバースは一般労働者、雇用形態は各雇用形態、職階は期限の定めのない労働者であるため、正確にはこれらの分布を並列に語ることは不適切である点は改めて触れておく。

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