ハイデガー「存在と時間」入門(1)
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ハイデガー「存在と時間」について、「ハイデガー『存在と時間』入門」(講談社現代新書、轟孝夫著、第4刷)を読解し、理解を深めていきたいと思います。
私は東大在学中、当時の文学部教授にご指導いただいたことがありますが、そのとき先生は、哲学を学ぶ際には、「テキストとの対話」が何よりも大切と言われました。
この言葉が、ものすごく印象に残っています。
決して上から目線で批評するのではなく、相手の言葉に一生懸命耳を傾け、謙虚な立場から対話すること、このことを忘れずに、勉強を続けていきます!
序論
序論では、「存在と時間」を読む上で重要なポイントが2点解説されています。
「存在の意味」と「本来性と非本来性」の区別です。
1 存在の意味
ハイデガーの言う「存在」は、伝統的に言われている「存在」と大きく異なります。
伝統的な「存在」規定は、「確固たる実体」として存在するものが、「事後的に述定」されたモノであるとします(p33)。
これは、「〜がある」「〜である」という表現で表されます。
「本」という存在者が「本が(ここに)ある」という存在様態をとっていると考えるわけです。
他方、ハイデガーは、「存在者」と「存在様態」は、そのように分離できないと主張します。
「われわれは鳥を思い浮かべるとき、それを飛んでいるとか木にとまっているとか、そうでなければ、餌をついばんでいるというように、必ず何らかの存在様態とともに思い浮かべざるをえない。われわれには、そうした存在様態を欠いた鳥を思い浮かべることは原理上、不可能である」(p28)
したがって、存在者の存在の了解は、「存在者の活動空間の了解にほかな」りません(p31)。
したがって、過去・現在・未来という時間性が存在の了解に含まれてくることになります。
2 本来性と非本来性
ハイデガーの思索は、キリスト教の教義学にある、「宗教的に真正な生き方」と「非真正な生き方」の意義から出発しましたが、その根拠を掘り下げていくうちに、その人間学を存在論的意味での「本来性」「非本来性」として捉えることに到達しました(p48)。
そのため、「本来性」はキリスト教に根付いた良い生き方を、「非本来性」はその反対の生き方を示す指針になります。
これが、ハイデガーが人気のポイントのようです。
「非本来性」は、「ある存在者をその存在にとって本質的なモノである他の様々な存在者との関係から切り離し、それだけを現前させる」ような存在了解です(p47)。 「存在者の存在が元来、そのうちであらしめられている周囲からその存在を切り離してしまい、あたかもそれを自立した実体であるかのように見なすことを特徴」とします。つまり、伝統的な存在規定に基づく態度です。(p48)
他方、「本来性」は、「存在者を周囲の関係から捉える」ような存在了解です。つまり、ハイデガーのいう存在規定に基づく態度です。(p47)
したがって、存在了解の態度が、「本来性」と「非本来性」を分けるポイントになります。
第1章 「存在と時間」という書物の成立
この章は、「存在と時間」を読むにあたって、注意すべき点が述べられています。
「存在と時間」は、ものすごいドタバタ劇から生まれた本らしいです!
ハイデガーが教授採用のための実績作りのために慌てて書籍化したモノであること、印刷準備中に大幅に修正しようとしたこと、なんと構想の半分までしか出版されず、しかもハイデガーに完成させる気がなくなってしまって未完の書のまま終わってしまったこと、がポイントです。
第2章 「存在の問い」は何を問うのか
1 「存在の意味への問い」の必要性
存在について、なぜ問わなければならないのか。
大著を記して(読者の頭脳をフラフラにして)まで論じる以上、必要性についての考察は欠かせません。
ハイデガーの答えは、存在について問うことは、「存在論的」にも「存在的」にも、最も重要な問題だから、というものです(p121)。
ここで、定義を確認します。
「存在論的」とは、存在了解の内容について、反省し、主題化する状態を言います(p122)。
実際に対象と関わるのではなく、一歩引いて分析する、学問的な態度ですね。
一方、「存在的」とは、存在了解をもちながらも、それを特に主題化せず、存在者との関わりに没頭している状態を言います(p122)。
分析ではなく、実際に日々を生きる、実践的態度ですね。
存在了解について反省すると、「存在者との円滑な関わりが中断されて」しまいます(p122)。
以上の定義を確認した上で、存在を問うことの、「存在論的優先性」(重要性)について。
対象を分析する実証的学問は、存在論を基礎としています。
もう少し詳しく説明します。
近代自然科学は、「時間、空間、運動、質量などといった根本概念についての独自の規定を持ち」、それを前提に発展してきました(p122)。
それら概念の背景に存在論があることを確認する例として、すぐ思い浮かぶのは、古典力学と量子力学です。
古典力学における「電子」は、明らかに伝統的な存在論を前提に捉えることができます。一方、量子力学における「電子」は、伝統的な存在論では捉えるのが困難です。
また、複雑系の振る舞いについても、自己組織化が行われている場を存在と捉えることは、伝統的な存在論からは難しいです。
このように、実証的学問において、対象を捉え、概念化するとき、どのような存在論を前提にするかが、先決問題になります。
「存在とは何か」という問いの答えは、学問のあり方さえ変えてしまうのです。
したがって、存在への問いは、世の中をどのように分析するか、を左右する問題だから重要だ、だから必要なのだ、というのが、存在について問うことの「存在論的優先性」です。
次に、存在を問うことの「存在的優先性」について。
ここを読み解くには、まず用語の確認が必要です。
現存在=人間(p130)
実存=現存在(存在者)によって了解される、自分自身の存在(様態)(p129)
現存在は、常に外の存在者と関わるモノです。(p133)
そして、他のモノがもっぱら他者によって存在を了解されるモノであるのに対し、現存在は、おのれ自身の存在(実存)についても了解するという点で、特殊な存在です。
「現存在は存在者に関わっているとき、常に何らかの仕方でその存在者の存在を了解している。この存在了解によって、存在者に対する現存在の関わり方も規定されている。そして、存在理解は存在を了解することである以上、そのあり方は根本的には存在一般の意味をどう理解するかに依存する。」(p128)
つまり、存在について問うことは、私たちがどのように世界を捉え、実際にどのように生きるか、の前提となる問題だから重要だというわけです。
これを、存在的優先性と言います。
以上、存在について問うことの必要性は、世界を分析するための前提となる(存在論的優先性)ことと、現存在がどのように生きるかの前提となる(存在的優先性)ことに認められます。
2 「存在の問い」の2つの課題
ここでは、ハイデガーが「存在の問い」で何を問うのか、あらましが述べられています。
「存在と時間」では、何が問われ、何が答えられているのか、が簡潔に述べられています。
「存在の問い」では、存在についての「体系的な理解」と、「歴史的な理解」を目指します。
まず、ハイデガーは、存在「一般」に関する体系的な理解を進めます(p138ー147)。
存在「一般」には、「実存」と「それ以外の存在」が含まれます。
まず、実存についての分析を行い、次に、存在一般についての分析を行います。
実存についての分析は既に行われていたところ、これを存在一般についての分析という体系に仕上げようとしたところが、ハイデガーの新しさです。
そして、体系の一貫性を確保するのが、時間の概念です。
次に、ハイデガーは歴史的な理解を進めます(p148ー154)。
そこでは、次のことが説明されます。
まず、伝統的な存在論は、実存以外の存在(実証的な学問の対象となるような、他者から了解される存在)を捉えるには不十分であり、実存を捉える道具としては全く使い物になりません。
実存以外について→△
実存について→×
ということですね。
他方、ハイデガーの存在論は、実存以外の存在を捉えるにも十分であり、さらに、実存を捉える道具としても十分です。
実存以外について→○
実存について→○
ということですね。
まとめると、ハイデガーは、存在論の体系的な理解と、歴史的な理解を示すことで、「存在の問い」に答えようとしました。
したがって、「存在と時間」の全体構造は
■体系的な理解(実存→存在一般について)
■歴史的な理解(伝統的な存在論とハイデガーの存在論について)
となるはずでした。
しかし、実際は、体系的な理解のうち、「実存」についての分析だけが刊行され、残りの部分は未完に終わってしまいました。
そうなってしまった原因についても考察されています。
上記のような体系は最初は明確に自覚されておらず、ハイデガーは最初、実存についての分析だけを行っていたところ、「現存在の存在の究明」、実存の究明には、「存在一般の意味の解明を必要とすること」を自覚するようになりました(p147)。
そこで、ハイデガーは、実存の分析として書いていた部分を、存在一般(実存+実存以外の存在)のより一般的な分析体系に組み込もうと大幅な書き換えをしました。しかし、それが失敗してしまったため、未完に終わってしまったそうです(p147)。
イントロ部分でも相当ヘビーでしたが、さすが、ものすごい哲学者ですね。
そして、その解説書も、とても骨太です。
次回は、「第3章 現存在の存在の分析」です。
お読みいただき、ありがとうございました。
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