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ALS患者嘱託殺人事件について弁護士が解説

はじめに

ALS患者を、依頼を受けて殺害したとして、嘱託殺人に問われた医師2名が逮捕されたという事件がセンセーショナルに報道されています。

今回の事件に関係する法律を、解説します。

嘱託殺人罪とは?

安楽死に関与した場合に、問われる罪は、殺人罪嘱託殺人罪です。

嘱託殺人罪は、殺人罪の一種です。

殺人罪(5年以上の懲役、無期懲役、死刑)よりも、本人の同意がある嘱託殺人罪は、刑が軽くなります(6月以上7年以下の懲役)。

ちなみに、殺人罪は裁判員裁判になりますが、嘱託殺人罪はなりません。

安楽死とは?

安楽死とは、「死期が切迫して苦痛に耐えられない患者の希望に応じて積極的にその死期を早めること」をいいます。

死期が切迫、というのがポイントです。

今回の案件で亡くなった患者さんは、死期が切迫していなかったので、警察関係者は「今回の事件は、安楽死の問題ではなく、殺人の問題だ。」と説明していますね。

安楽死をさせた場合、普通は嘱託殺人罪に問われます。

しかし、一定の条件を満たした場合は、その罪が免除されます。

その基準を示した過去の事例を2つ見ていきたいと思います。

遺族による安楽死事件

1件目は、子が不治の病に苦しむ父親を毒殺したという事件です(名古屋高裁、昭和37年12月22日)

詳しく引用します。

事件の概要

被告人は父A、母B間の長男として生れ、昭和三二年三月F高校を卒業するとす ぐ家業の農に従事し、父母によく仕え、弟妹を慈しみ、部落の青年団長を勤めたこ ともある真面目な青年であるが、父Aは昭和三一年一〇月頃脳溢血でたおれ、一時 少康を得たこともあつたけれども、昭和三四年一〇月再発してからは全身不随とな り、それ以来臥褥のままとなつていたところ、昭和三六年七月初め頃から食慾著し く減退し、ために衰弱はなはだしく、上下肢は曲げたまま、少しでも動かすと激痛 を訴えるようになり、その上しばしば「しやくり」の発作におそわれ、息も絶えん ばかりに悶え苦しみ、「早く死にたい」「殺してくれ」などと叫ぶ父の声を耳に し、またその言語に絶した苦悶の有様を見るにつけ、子として堪えられない気持に なり、また医師Cからももはや施す術もない旨を告げられたので、ついに同月一〇 日頃むしろ父Aの願を容れ父を病苦から免れさせることこそ、父親に対する最後の 孝養であると考え、その依頼に応じて同人を殺害しようと決意するにいたり、同月 二六日午前五時頃居宅水小屋において、当日早朝配達されていたG牛乳一八〇〇〇 入一本に自家用のつかい残りの有機燐殺虫剤E・P・N少量を混入した上、もとど おり栓をして右小屋にさしおき、同日午前七時三〇分頃情を知らない母Bが父Aの 求めにより同人に右牛乳を飲ませたため、同日午後零時三〇分頃同人を有機燐中毒 により死亡させるにいたり、以て父Aの嘱託により同人を殺害したものである。

判決

懲役1年執行猶予3年

理由

安楽死が認められるには、次の条件を満たさなければならない。

(1) 病者が現代医学の知識と技術からみて不治の病に冒され、しかもその死 が目前に迫つていること 

 (2) 病者の苦痛が甚しく、何人も真にこれを見るに忍びない程度のものなる こと、
(3) もつぱら病者の死苦の緩和の目的でなされたこと

 (4) 病者の意識がなお明瞭であつて意思を表明できる場合には、本人の真摯な嘱託又は承諾のあること

 (5) 医師の手によることを本則とし、これにより得ない場合には医師によりえない首肯するに足る特別な事情があること

 (6) その方法が倫理的にも妥当なものとして認容しうるものなること。

本件では、⑸と⑹を満たしていないので有罪とされました。

実際には、この条件全部を満たすのは不可能に近いと言われています。

医師による安楽死事件

2件目は、東海大学附属病院の医師が、病院内で、患者に薬品を投与して殺害したという事件です(神戸地裁、平成7年3月28日)。

概要

A医師(昭和59年医師免許取得)は、T大学医学部助手として、同大学医学部内科学四教室に所属していた。出向を終えた平成3年4月1日付けで、T大学附属病院での勤務を再開し、既に主治医であったN医師、G医師とともに、患者V(昭和8年生まれの男性・多発性骨髄腫の末期状態で以前より入院中)を担当することとなった。
 その後、G医師がVの家族との応対に困惑するようになったことなどから、4月11日以降はA医師が前面に出て治療と家族への応対に当たることとなった。
 4月13日、Vの妻と長男は、付き添いにあたるなかで、Vがまもなく死亡するのであれば、Vが嫌がっている点滴やフォーリーカテーテルなどを全て外して治療を中止し、自然に楽に死亡させてやりたいとA医師に強く要求し、A医師の説得に応じなかったので、A医師はやむなく看護師らに治療の全面的中止を指示し、昼頃フォーリーカテーテルや点滴が外された。午後3時ころのVは、口にエアウェイが付けられ、心電図モニターの発信器が取り付けられており、意識レベルを試すと、疼痛刺激に対して反応がなく、意識もなく、意識レベル6と判断され、いびきをかくような深い呼吸をし、脈拍は頻脈であり、A医師は、Vは今日か明日の命ではないかと考えた。
 患者に付き添っていた長男は、その後もVが荒い苦しそうな呼吸をしているため、苦しみをなくして静かに眠るように死亡させてやりたいと考えた。そして、午後5時30分頃、長男はエアウェイを外すようA医師に頼み、A医師はエアウェイを外すと呼吸ができなくなるおそれがあると説明したが、なおも長男が頼んだため、A医師は午後5時45分頃Vからエアウェイを外した。
 長男はVに付き添って見守っていたが、依然としてVの苦しそうな呼吸が続くことから、午後6時過ぎ頃、A医師に対し、「いびきを聞いているのがつらい、苦しそうで見ているのがつらい。楽にしてやって下さい。早く家に連れて帰りたいのです」と強く言い張り、A医師の説得を一向に聞こうとしなかった。そのためA医師は、午後6時15分ころ、鎮静剤で呼吸抑制の副作用があるホリゾンを、通常の2倍の量で注射した。
 その後1時間近く経過しても、Vが相変わらずいびきをかくような苦しそうな呼吸をしているため、長男はA医師に対して強い口調で「いびきが止まらない、早く家に連れて帰りたい」と言い、A医師の説得を聞き入れなかったため、A医師は、午後7時ころ、呼吸抑制の副作用のある抗精神病薬であるセレネースを、通常の2倍の量で注射した。
 セレネース注射後1時間たってもVが相変わらずいびきをかくような荒い苦しそうな呼吸をしていることから、長男は、A医師に対して激しい調子で「先生は何をやっているんですか。まだ息をしているじゃないですが。早く父を家に連れて帰りたい。どうしても今日中に家に連れて帰りたい。何とかして下さい」と迫った。
 そのため、A医師は、午後8時35分ころ、徐脈、一過性心停止などの副作用のある不整脈治療剤である塩酸ベラパミル製剤(ワソラン)を、通常の2倍の使用量をVに注射し、続いて、心臓伝導障害の副作用があり、希釈しないで使用すれば心停止を引き起こす作用のある塩化カリウム製剤(KCL)を希釈することなくVに注射し、心電図モニターで心停止するのを確認した。Vは、午後8時46分ころ急性高カリウム血症に基づく心停止で死亡した。

判決

懲役2年執行猶予2年

理由

安楽死が認められるには、次の条件を満たさなければならない。

⑴患者が耐え難い肉体的苦痛に苦しんでいること

⑵患者は死が避けられず、その死期が迫っていること

⑶患者の肉体的苦痛を除去・緩和するために方法を尽くし他に代替手段がないこと

⑷生命の短縮を承諾する患者の明示の意思表示があること

本件では、患者は注射時点で意識を失っていたため、⑴と⑷の条件を満たさず、患者の同意もないため、殺人罪として有罪にしました。

裁判所は追加で

末期医療においては消えゆく命の軽視が行われはしないかとの不安を一般国民に与えかねない、患者の意思はないがしろにされ、家族の都合で患者の生命は左右されるとの批判がなされるといった末期医療に対する不信と不安を招きかねない

とも指摘しました。

まとめ

以上が、安楽死にまつわる法律の解説でした。

今回の事件は、死期が迫っていないのに殺害したという点や金銭目的の面などが重く評価され、実刑になる可能性が十分あります。

安楽死を求めるような状況が、私たち自身や家族にいつ降りかかってもおかしくありません。

死ぬ権利について、普段から考えておく必要がありそうです。

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