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ひとりぼっちの宇宙人─ウルトラセブン視聴記 零下140度の対決(2)

ひとりぼっちの宇宙人
─シューチョの『ウルトラセブン』視聴記─
第25話「零下140度の対決」[A] (2)
《光らぬ光》の挿話


この (2) では、本話が『ウルトラセブン』の「中心」「要約」であり活性フィクションの粋であるとは、具体的にはどういうことなのか、示していこうと思います。

本話のプロットは「氷河期は宇宙人の仕業」というものです。ハリウッド映画ならばスペクタクル超大作の一本に仕上げられそうな壮大なプロットですね。ところが、このプロットによって本話が描くのは、極寒の局面の打開のために行動する人間たちの姿と、それと対比してのM78星雲人ダン=セブンの孤独なのです。おおよそスペクタクルとは真逆の、「特撮SF怪獣物」としてはあまりに渋くて重い物語となっています。
 
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吹雪の中を行くポインター。だが、停まってしまう。中にはダンが一人で乗っていた。
 
ダン(モノローグ)「これはただの吹雪ではない。いったい何がこの異常寒波を…」
 
ナレーション「光の国M78星雲から来た彼は、普通の人間以上に寒さに弱かったのだ」
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本話はその冒頭から、最終話「史上最大の侵略」との連動がこのように認められます。すなわち、ダン=セブンの意外な弱点を語る「普通の人間以上に寒さに弱かった」というナレーションは、最終話において「君の体は人間とは違うのだ」と叱るセブン上司の台詞と呼応するのです。

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アンヌ「こちら作戦室。…あ、ダン」
 
ダン「隊長、ポインターがエンストです。いったい、この寒波は?…」
 
キリヤマ「よーし。ポインターは捨てていい。すぐ基地に戻れ」
 
ダン「はい…」
 
キリヤマ「どうしたんだ、ダン」
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このときのダンの表情と声は、これまでに見たこと聞いたことのないほど弱りきった、自信のない情けないものでした。この後「基地につけば、温かいコーヒーとスチームが俺を待ってるぞ…」と自分に言い聞かせ吹雪の中を進むダン。本話の冒頭ではまだ「メタ説明のナレーション」としての役割を果たしていた彼のモノローグも、今や単なる独り言になりました。ダンは歩いて基地に辿り着こうとする途中、寒さに震え、ついに倒れ、太陽が輝き火が燃えさかる幻覚を見ます。童謡「夕焼小焼」にも似たヨナ抜きのスキャットをバックに、ポール星人が現れます。

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ポール星人「光の国が恋しいだろうね、ウルトラセブン。でも、自業自得というものだ。M78星雲には冬が無い。冷たい思いをするがいい、ウルトラセブン」

ダン「誰だ、おまえは」
 
ポール星人「地球を凍らせるためにやってきた、ポール星人だ。我々はこれまでにも、二度ばかり地球を氷詰めにしてやった。今度は3度めの氷河時代というわけだ」
 
ダン「氷河時代?!」
 
ポール星人「地球上の生きとし生けるもののすべてが、氷の中に閉じ込められてしまうのだ。ウルトラセブン、もちろん、おまえさんも一緒だ。ついでに言っておくが、地球防衛軍とやらを、まず手始めに凍らせてやった」
 
ダン「なに!」
 
ポール星人「あいつらがおると、何かと邪魔だからな。ハッハッハッハ…(高笑い)」

吹雪の中に目覚めるダン。

ダン「…幻覚か…。幻覚を利用して姿を現わすとは、ポール星人め…。そうだ、基地が危ない!」
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『ウルトラセブン』最強の敵は、他ならぬこのポール星人でしょう。例えばガッツ星人もゴース星人も、侵略行為そのものには真剣であり、人類に真っ向勝負を仕掛けてくるのに対し、ポール星人は「地球を凍らせるためにやってきた」に過ぎません。遊び半分のようです。しかも人間には終始その存在さえ知られぬまま…という、稀なる超越存在=“メタ・インベーダー”といえます。ポール星人の詳細については (3) で書くことにします。

ポール星人は凍結怪獣ガンダーを使い、「まず手始めに」防衛軍基地の動力源である原子炉の地下ケーブルを破壊します。異常寒波もガンダーの吐く冷気──アマギの台詞では「冷凍光線」と表現──に因るものでした。

基地の中

本編では、基地の外のダンのシーンと基地の中のシーンが、16回におよぶ場面転換によって交互に進んでいきます。まずは基地内のシーンをつなげて追ってみましょう(上記のダンとポール星人のシーンよりも前の部分も含みます)。
 
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突然の地震と停電に騒然とする基地内部。キリヤマはろうそくを片手に地下18階にある動力室の防衛軍隊員と交信、現場もパニック状態であると知り、フルハシとアマギを動力室の調査へと向かわせる。壊滅的な打撃を受けた動力室の奥で、2人はガンダーに遭遇。火炎銃で応戦するが歯が立たず、作戦室に引き返して状況を報告する。非常事態を受け、作戦室にはヤマオカ長官も来ていた。
 
ヤマオカ「マグマライザーは?」
 
キリヤマ「はっ…、シャッターが開かないんです。原子炉と地下ケーブルが復旧しない限り、ホークそのほかの超兵器も、使用不能です」
 
原子炉が破壊される前、外から帰ってきたアマギに熱いコーヒーを差し出し、人類の科学を賞賛し楽観的に構えていたソガも、調達した防寒服を隊長たちに配布していそいそと動き回り、「超兵器も出動不能、レーダーも動かない、スチームもストップ、一発心臓部を破壊されると、さすがの科学基地も、脆いもんです」ともらす。
 
寒さに倒れる防衛軍隊員が続出し、アンヌとともに必死の対応を続けていた救護班のアラキ隊員は、医者の責任として、隊員全300名の基地からの退避をヤマオカに要請。しかしヤマオカは
 
「…基地を見捨てることは地球を見捨てることと同じだ。われわれは地球を守る義務がある」
 
と言って斥ける。しかしその後も、動力室の復旧作業の現場で次々と凍えて倒れて救護室に運ばれてくる隊員が後を絶たない。見かねたアラキは再び作戦室に駆け込み直訴。
 
アラキ「長官、もうがまんができません。長官、隊長、隊員がどうなってもいいとおっしゃるんですか。全員ここで討ち死にしろとおっしゃるんですか」
 
キリヤマ「アラキ隊員、君には長官の気持ちがわからないのか」
 
アラキ「わかりません!いいえ…、わかりたくありません。使命よりも人命です。人間一人の命は地球よりも重いって、隊長はいつも私たち隊員に…」

アラキの鋭い返答に思わず絶句するキリヤマ。ヤマオカはアラキの説得にやっと頷き、退却を決断、その直後についにヤマオカ自身も倒れ、キリヤマが代理で「涙を呑んで」退避命令を放送する。復旧作業に当たっていたフルハシ、ソガ、アマギ、修理班のムカイ班長、救護室のアラキとアンヌ、それぞれの現場でキリヤマの声に聞き入る。工具をかなぐり捨てて悔しがるアマギ、しかしムカイが緊張の糸を切らしダウンすると、彼を抱き上げ「基地から2km出れば、冷凍ゾーンから脱出できる」と励まし、避難を始めます。ところが、フルハシだけは命令に一時背く形で現場に居残り、「あと少しのはずだ」と言わんばかりに、一人作業を続け、その彼の最後の溶接が功を奏し、基地の機能が復活。
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以上が基地内のシーンをつなげたあらすじです。

では、基地の外はどうだったか。

基地の外

上記のポール星人の最初の登場の直後、「基地が危ない」と知り、とっさに変身しようとした時、ダンは吹雪の中にウルトラアイを落としたことに気づくのです。彼はこれまでにもウルトラアイを何度か盗まれはしますが、まったく自分の不注意だけが原因でそれを紛失してしまうというのは本話のこの例をおいて他にありません。第3話「湖のひみつ」で「ウルトラアイは、ぼくの命なのだ」と彼のモノローグはつぶやきます。それは、文字通りの命=生命という意味とは少し違って、ダンの姿のダン=セブンにとってウルトラアイは“アイデンティティーの命綱”であるという意味になりますね。ウルトラアイが無ければ、彼は本来の自分=ウルトラセブンの姿に戻ることができない。それでは、本話のこのときの彼は、セブンとしての自己に固執していたのでしょうか。違うでしょう。彼には「この星」で人間(人類)として生きる覚悟がおそらくできていました。『ウルトラセブン』の挿話群全体を見通せば、そう結論するのが自然です。では、彼が今、必死にウルトラアイを捜すのはなぜだったかといえば、ひとえに「基地が危ない」からでした。

ポール星人は、初登場時の言葉からもわかるように、他のどの星人たちよりもダン=セブンのことを熟知し、見透していました。そして再び幻覚を通じてダンの前に現れ、ダメ押しのようにダン=セブンのアイデンティティーに揺さぶりをかけ、嘲笑します。

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「ウルトラセブン、おまえの太陽エネルギーは、あと5分もすれば空っぽになる。地球がおまえの墓場になるのだ。さぞかし本望だろう。ハッハッハッハ…」
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太陽系に「恒点観測員」として訪れたはずのダン=セブンは、そのまま地球に滞在しました。なぜでしょう。それは本編ではやっと、最終話でセブン上司に告げるダンの台詞に垣間見えます。
 
「この美しい星を狙う敵は後を絶たない」
 
『ウルトラマン』との比較でいうと、この「滞在理由」が重要になってきます。ウルトラマンは事故で死なせたハヤタの命を償うために地球に残りました。このいわば大義名分が、不同型であるウルトラマン─ハヤタをつなぐ活性フィクションになっています。これに対し、同一型のダン=セブンには同様の大義名分は生じようがありません。ダン=セブンは美しい星=地球を守るために、自らの意志でそこに留まる道を選んだとするのが自然でしょう。そのようなダン=セブンにとって、地球の氷河期に遭って倒れることはまさに「自業自得」であり「本望」でさえある…。ポール星人の言う通りです。

ウルトラアイを紛失したダンは、出現したガンダーにミクラスで応戦、2匹の死闘が続く傍らでウルトラアイを捜し続け、ようやく見つけて変身します。しかし、セブンは、消耗しきった体力を回復するべくまず太陽の近くまで飛び、エネルギーを補充する必要がありました。
 
そのセブンよりも一足早く、隊員たちの乗るウルトラホーク1号・3号はガンダーのもとに飛来していました。ここで、基地の内外に分かれていたシーンの場所がガンダーとの決戦の舞台1つに合わさります。

「さあ、ガンダーとの決戦だ!」──基地機能復活によって地球防衛軍─ウルトラ警備隊の得た開放感・勢い・意気込みといった想念が、このナレーションの言葉に集約されます。

「ホーク1号を3つに分けて戦おう」「カルテット作戦、開始!」、音楽用語に喩えた、4機による攻撃を命じるキリヤマ。ここで例えば「ウルトラ警備隊のうた」の弦楽四重奏アレンジがバックに流れる、といったしゃれた演出も、ハイセンスな『セブン』のこと、普段なら十分ありえるところですが、本話の重厚な内容がそのような軽妙な演出を許しません。四重奏どころか、いつものBGMもまったく用いられず、台詞・飛行音・攻撃音などの他は、ひたすら吹雪の轟音が聞こえるのみです。
 
「遅れるな!」とのキリヤマの指示に「はい!」と答えたアンヌ。彼女は編隊を崩さず飛び続けました。つまり遅れなかったのです。その一方、セブンは、上記の通り、遅れて来ざるをえなかった…。ダン=セブンは、エネルギー補充後に戻り、ふいに地上に降り立つやいなや、短い格闘ののちアイスラッガーの一撃でガンダーを仕留めます。…その立ち振る舞いは、カルテット作戦断行中のウルトラ警備隊とガンダーの中に割って入った形のようにも見えます…。倒れたガンダーを見下ろすセブン。その“引き”の空撮映像に被って、ポール星人の姿なき声がセブンに告げます。

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「ウルトラセブン、どうやら、我々ポール星人の負けらしい。第3氷河時代は諦めることにする。しかし、我々が敗北したのは、セブン、君に対してではない。地球人の忍耐だ。人間の持つ使命感だ。そのことをよーく知っておくがいい。ハッハ」
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実際、基地復旧に関わるすべての隊員たちの「忍耐」と「使命感」は、遊び半分のポール星人をして降参させるほどの威厳の光を放っていました。人間の尊厳が、黒く暗い基地内で《光らぬ光》を放っていたのです。その威光の象徴・代表がウルトラ警備隊です。やはり、怪獣ガンダーさえも、あのまま彼らのチームワークによるカルテット作戦だけで仕留めることができたのではないか。セブンは遅れて現れ、最後の勝利だけをかすめとったに過ぎないのではないか…。ポール星人の上記の言葉はそのことを裏付けるかのようです。「行こう!地球は我々人類が、自らの手で守り抜かなければならないんだ!」──最終話にキリヤマが口にした有名なこの言葉通りのことが、すでに本話において一度こうして成し遂げられていたのでした。

「零下140度の対決」のウルトラセブン

繰り返しになりますが、ダンがセブンに変身する前の本編のシーンの場所は2つに分かれていました。「基地の外」と「基地の中」です。ダン一人だけが、最初から最後まで基地にはいなかったのです。隊員たちが支え続けたあの氷詰めの「基地」から、ずっと離れて、彼はどうしていたのか、その行動を振り返ってみましょう。初めに彼は、「基地」に“帰りたい”一心で遅々たる歩を進めました。
 
「基地」とはこの場合、明らかに人類の住む「地球」の象徴です。これは何も本稿のために私が行う恣意的な誘導などではなく、地球防衛軍長官であるヤマオカ自身の比喩でした。

──「…基地を見捨てることは地球を見捨てることと同じだ。われわれは地球を守る義務がある」──
 
ダンの吹雪の中の歩みは、その「基地=地球」の仲間に加わりたいがゆえの悲壮な努力にみえます。それには、寒さに弱い自分を風雪にさらすという自殺的(逆療法的?)行為によってその弱点を克服しなければなりませんでした。

次に彼は、ウルトラアイを失くし、それを捜して右往左往します。「基地」を守るためには、本来の自分=ウルトラセブンに戻らねばならなかったからです。
 
ここに、ダン=セブンの二重性の矛盾の一つが端的に表れています。
 
つまり、目指す基地に行ってそこに入るためにはダンはウルトラアイを着眼せねばならず、しかしそうしてセブンになることによって彼は“人間ではなくなり”、地球の中の人類としてその仲間に加わることはできなくなる=目指していた基地には入れなくなる。本話の物語はそういう展開になっています。実際、彼は、「基地」に入りたいのに入れず、「基地」を守りたいのに守れなかった。地球・人類を守ったのは「基地」にいた人間たち自身でした。

セブンの強敵ポール星人は、去り際に、上記の言葉に続け次のような指摘も忘れません。

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我々は、君のエネルギーが元のように多くなく、そして,活動すればたちまち苦しくなる弱点を作っただけでも満足だ。ハッハッハッハ」
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ガンダーを倒した直後に表れた、新たな弱点とされるセブンの額のビームランプの点滅=《光らぬ光》。それは、ダン=セブンの存在の限界と悲劇性の改めての表現でしょう。

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『ウルトラセブン』の「零下140度の対決」

ラストのナレーションで、終始蚊帳の外であったダン=セブンにようやく焦点が当てられます。

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[…前略…]科学力を誇る地下秘密基地にも弱点があったように、われらがウルトラセブンにも思わざるアキレス腱があったのです。しかし、セブンの地球防衛の決意は、少しも怯むことはありません。
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宇宙人でありながら地球と人類のために闘うファイター・セブン。自己の二重性の矛盾を抱えながらなお「地球防衛の決意」を固めるダンの勇壮な表情の映像と、作品全体のテーマを改めて説くナレーションとを最後に改めて伝えて、本話は終わるのです。このラストは、それまで繰り広げられてきた重く渋い人間ドラマには何だかそぐわないようにも思えます。でも本話は、「氷河期スペクタクルSF」や「ウルトラ警備隊vs怪獣ガンダー」といった映画や番組ではなく、また、他のよく取り沙汰される単独の「名作回」とも違って、『ウルトラセブン』という作品世界の中の一挿話として意味を持つ、そういう作りになっているということです。

以上のような物語内容を持つ本話でしたが、映像の場面構成にも、『ウルトラセブン』の中心として見過ごせない意味が隠されています。それは最終話との連動です。上述した「ナレーションとセブン上司の台詞」や「地球を守るのは人類である(べき)というテーマ」だけではないのです。

・ビデオシーバーを通じ「あったかいコーヒーがあるわよ」と励ますアンヌに弱音の返事をするダン。

・倒れた隊員に向かってアンヌが「起きなさい!」と叫ぶ基地内から、その声が吹雪に倒れたダンに届いたかのようにこだまして、ダンが起き上がる屋外へと切り替わる、8回めの場面転換。

・アイスラッガーで切り落とされた怪獣の首、それを見下ろすセブン、ナレーションとともに流れる主題歌の間奏の旋律。

・怪獣を倒した後のセブンのダンへの戻り方。

・暗雲と吹雪が去って快晴となった青空、その空を画面奥の向きに飛び去っていくホーク1号・3号。それを手を振って見送り、明るく白い積雪の中を一人歩くダン。晴れやかな、平和が戻った喜びの描写。
 
・最終カットのダンの顔のアップの場面、エンディングの音楽。
 
これらはすべて、その各々に対応して、酷似するシーンまたは反転・鏡像といえるシーンが、最終話「史上最大の侵略(後編)」の中に見られます。本話から最終話へ、“ねじれた糸”がつながっているのです。
 
「零下140度の対決」は、このように多角的な意味で、『ウルトラセブン』という作品全体のマラソンにおけるみごとに正確な「折り返し地点」となっているのです。
 
そして、そうでありながら本話は、放送約55年の歴史を経てなお、あまり注目されない地味な位置に留まってもいます…。この意味でも、本話「零下140度の対決」は、それ自体がまさに「《光らぬ光》の挿話」であるのです。



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