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初恋はお化け屋敷で

僕の初恋は中学3年生の時である。

まあ小学生の時や幼稚園の時も好きなコは居たのだが、ワクワクドキドキの他に切なさや苦しさも伴った恋となるとこの時になるという意味付けである。

誰かを好きになる理由というものはほんの些細な出来事から始まるものだ。

僕が千夏を好きになったのは、修学旅行で遊園地に行った時のお化け屋敷内での事である。

遊園地内は男女別の4人ひと組の班員が一緒に行動すれば自由というルールであったが、お化け屋敷の入場口で僕らの男子4人組の班とたまたま居合わせたのが同じクラスであった千夏たちの女子4人組の班であった。

さて、この僕はお化けとかその手の話は苦手なほうであったのでお化け屋敷に入るのはあまり気が進まなかったのであるが、他の班員に引っ張られて仕方がなくという感じであった。

しかしながら千夏たちの女子グループと遭遇した手前、露骨に怖がるのはカッコ悪いので、平静を装ってお化け屋敷に入場した。

入場して間もなくの時であった。「キャー!」という悲鳴と共に千夏は僕の手をぎゅっと握ってきたのである。

この予想外の展開にはただドギマギするしか術がなかった。僕はお化けが怖いなんて気持ちはもはや吹き飛んでいた。

今になって思えばここで毅然と「大丈夫だよ」と彼女を守る姿勢をとっていれば千夏の僕に対する株はぐっと上がったであろうところなのだが、世間知らずの中3の坊主であった僕にはそのような器は備わっていなかった。

あろう事か、僕は彼女に握られていた手を振りほどいてしまったのだ。理由は単純な事で周囲の目が気になって恥ずかしくなったからだ。この事が一緒に居合わせた男子の目に留まれば必ず冷やかされるであろう。その時はそう思ってしまったが、このほんの一瞬の出来事がその後何十年も忘れる事なく引きずっていく事になるとは当時は知る由もなかった。

手を振りほどいておきながら、その出来事をきっかけにして僕は千夏を好きになってしまった。そして手を握られた理由について僕は悶々と考えこんだ。

あれは僕に対してそれなりの好意を持っていたから手を握ってきたのか、あるいは怖さから藁にもすがる思いでたまたま横にいた僕の手を握ったのか、千夏に直接聞くわけにもいかず、他の誰にも確認できるわけでもなく、僕の頭の中は延々とその思いがループされたままであった。

千夏はこの出来事の前も後も僕に対する接し方は優しかった。また、千夏に限らずクラスの女子達は総じてこの僕に対する接し方は優しかった。僕はそういうタイプの男だ。要は他の男子のようにスカートめくりをして女子の気を引いたりするタイプではない。それはもてるというわけではなく、おそらくは女子から見たら自分に危害は加えないおとなしい男くらいの認識であったと思う。だとすると僕を好きでという理由とは少し異なるかもしれない。

そんな思いを巡らすも答えなどでる訳はなくまたもやループにはまっていくのであった。

好きな女の子ができるだけで自分の目の前の景色は変わる。

中学生であれば足が速ければもてるし、スポーツが得意であれば総じてもてる傾向にある。

体育の時間の短距離走や長距離走行も千夏が見ているといつも意識しては思いっきり走る。部活動の時間も万年補欠の下手くそな野球部員であったが、やはり千夏の視線を意識して必死に白球を追いかけた。

実際に千夏が僕を見ていたかどうかは分からない。

まあ冷静に振り返れば見ている事なんてほぼなかっただろうなと思う。千夏の目の前に立つと素直に言葉を交わせなかった僕はそんな方法でしか自分をアピールすることがきなかった。

やがて僕らにも卒業の時期が近付いてきた。

最後のチャンスと淡い期待で迎えたバレンタインデーも何事もなく終了した。放課後になってもすぐに帰らず、そわそわと用もないのに机の中の物を出したり入れたりと時間稼ぎをしても何も起こらず、下駄箱の中を覗いても何もあるはずがなく、上履きと空しさだけを下駄箱に押し込めてすごすごと帰宅した。

そして卒業式。僕は千夏にも他の女子にも学ランの第2ボタンをねだられるなんてドラマが起こるはずもなく、淡々とお別れの時を迎えたのであった。

その後、数十年の時間が経ってしまったが、千夏と再び顔を合わせる事はなかった。

時々僕は空を見上げながら千夏に思いをはせる。同じ空の下できっと過ごしているはずの千夏は幸せに過ごしているだろうかと。

そしていくら年月が経っても、千夏の手の温もりは僕の中に残り続け、そして胸のずっとずっと奥のほうを優しくぎゅっと握りしめるのであった。

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