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好きになりたかった。


部活おわりに制服を着ると、ベタベタ気持ち悪くて、汗の匂いも気になるのに、隣で原付バイクを押しながら歩くシノブ先輩は、なにげにちょっと距離が近い。

「でさ、今度の土曜、部活あんの?」
「あ、えっと。部活は今のところオフです。」
「じゃ、映画行こ!もののけ姫!」

『もののけ姫』は観たい。映画館でちゃんと観れたらいい。でも二人で?デートみたいじゃない?

「もののけ姫、観たいって言ってなかった?」
「観たいです。」
「じゃ、決まりな!」

シノブ先輩らしく、サクサク決めてしまう。
頭が良くて、足も速くて、女子の扱いに小慣れた感じで、現にモテるんだから、私なんかにかまわなくったっていいのにーー。


半年ほど付き合っていた二つ年上の、モデルみたいに綺麗な先輩には、彼女の上京と共にフラれてしまった。同性同士の恋愛は、将来性もなく、遠距離恋愛をしてまで…ではなかったんだろうな。私は彼女との未来をのんきに夢見ていたけれど、彼女は現実を見ていて、私の存在は「里心」につながってしまうのだろうし、新しい生活には足枷でしかなかったんだろう。

「ごめんなさい。がんばってね。応援してます」と、見慣れた彼女の文字を郵便屋さんが届けてくれた。

一度は東京まで会いに行ったけれど、もう彼女は私の知っている彼女ではなくなろうとしていた。
国立のアパートでの生活は、すでに始まっていて、避けるキスに、それぞれの道を歩き始めたことを感じた。

新学期を迎えても、ぽっかり空いた心の穴は、なかなか簡単に埋まることはなく、それでも、賑やかな高校生活の友達との時間や勉強やに勤しんで、ようやく立ち直ってきたくらいの時期。

球技大会で同級生のケイ君と仲良くなった。

ケイ君は違うクラスだったけれど、ずいぶん前から私のことを気に入ってくれているのは知っていて、たびたび「一緒に写真撮ろう」と声をかけられ「仕方ないなぁ」と冗談を言いながら、写るんですで2ツーショを撮って、移動教室ですれ違うときにはニコニコと手を振ってくれていた。
中学の間はバスケ部のエースで生徒会長で、みんなの憧れの存在だったと同じ中学出身の子から聞いた。たしかに茶色がかったサラサラの髪と、長身と、人懐っこそうな笑顔にキャアキャア言っている女の子たちはたくさんいた。

そんなケイ君と、球技大会で一緒にバスケをして以来、よく話すようになって、
「部活何時に終わる?一緒に帰ろうよ」
と、誘われるままに爽やかに、一緒に帰るようになった。私だってそんなモテ男に誘われたら、舞い上がってしまう。彼のことを好きになれたらいいな、と思ってた。

駅までの道を、他愛のない話をしながら(スラムダンクだったら誰が好きかとか)二人で歩いていたときのこと。

向こうから、同じ部活の先輩で、浪人生のシノブ先輩が歩いてくるのが見えた。目が合って、そのまま先輩は、私たちの前に立ちはだかって、
ひとこと、


「は?どういうこと!?」と。

ケイ君に「ごめんね、部活の先輩で」と言って、「そかそか、じゃまた明日ねー」と、ケイ君とはその場でわかれたけれど。

「おい、どういうことだよ。」

と、シノブ先輩は、そのまま、不機嫌きまわりなくつめよる。

「おまえさ、女が好きなんじゃねぇのかよ?
アイツと付き合ってるって聞いて、柊はさ、女しかダメなんだと思ったから、俺ひいたのに。
なんなんだよ。アイツと別れて、すぐ男かよ。
っつか、男でもいいんかよ。」

「最近仲良くなっただけです」

「なんだそれ。」

確かにシノブ先輩は、よく話かけてくれて、そばにいてくれていたけれど、私にチヤホヤしていたのは、女子の扱いが上手なだけで、特別な思いがあるとは思ってなかった。

けれど、そういえば。
彼女と付き合っていたころ、やたらと彼女は、同級生のシノブ先輩を意識していた。
「シノブは、柊を狙ってるから」と警戒していたけれど、そんなの冗談だと思っていた。
私は私で、彼女とシノブ先輩との仲を怪しんだりもしていたのだけれど。


「俺のが先だから。」

その日から、シノブ先輩はよく現れるようになった。連絡もマメで、校門には原付で乗り付け、部活顧問の先生とも友達みたいに仲良く、練習にもOBとして来るようになって、原付を押しながらシノブ先輩は、私と帰るようになった。

「柊、帰ろ」

浪人生な彼の隣で、勉強したりした。
フラれた相手の彼女のこともよく知るシノブ先輩には、弱音も吐けた。

ケイ君とはちょっと気まずくなって。
シノブ先輩がいつもそばにいるようになった。


シノブ先輩のことを、好きになれたら、きっと幸せだろうな。そう思って、隣にいた。

「もののけ姫」も一緒に観て、お祭りの焼そばを一緒に食べて、大きなクリスマスツリーも見に行った。

素敵な人。
優しくて足も速くてモテる人。
私のことをとても想ってくれる人。

好きになろうと思っていた。

心がギュッと締め付けられるほど、
自分のことなんてどうでもよくなるくらい
後先見境なくなるくらい好きになりたかった。

だけど、とうとう
「好きだ」って、飛び込めなかった。
苦しくなって、逃げ出した。


「女が好きなんじゃねぇのかよ!」

ホントだよ。
きっとそうなんだと思う。
最初から認めてればよかった。

好きになりたかった。




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