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インゲン豆の教えと、村上春樹

外は朝から雨が降っていた。仄暗いキッチンの小窓の、小さなパキラの鉢植。

そのパキラは、葉を落とし、幹はやせ細り、辛うじて赤ちゃんの手のような新芽がちょこんと生えている。

「したように、なる。
    したように、なったのだ。」

小三の頃の理科の先生は、近所のお寺の住職だった。1人2つほど、紙コップにインゲン豆を発芽させる授業で、ある子は水をあげすぎて、またある子は水をあげなさすぎて、枯れてしまったり、発芽しなかったりした。

「水、ちゃんとあげとったのに」
   と言う子らに、先生は言った。

「したようになる。
   したようになったのだ。」

発芽しなかった、あるいは、枯れてしまった、という結果を招いたのは、貴方だと。
ふとその、理科の先生の言葉を思い出す。
先生の瞳の色まで。

小窓の、パキラを思う。

あのとき、こうしていれば。
あのとき、こうしていたら。
小さな頃から、今に至るまで、小さな事から大きな事まで、そんなことを幾つもしている。結果を招いたのは、私自身なのだ。

その誤ちを、いつしか自分の都合よく解釈をし、相手や忙しさや天気や取巻く環境を引き合いに出し、罪をすりかえてしまう。無かったかのような顔をして。

私の誤ち。過去の傷。報い。
向き合えてきただろうか。

そんな事を思うのは、村上春樹 原作の映画、「ドライブ・マイ・カー」を観たせいか。

チェーホフの戯曲、前世がヤツメウナギの女の話、運転手、ワーニャ役の男。

スクラップ工場の釣り上げられた鉄屑に、自身の内にある大小さまざまな罪を思う。錆びて変形し存在すらも忘れていた物から、ずしんと今も、目を背けたくなる物まで。
けれど、確かにここにあるのだ。

「したようになる。
    したようになったのだ。」
なぜこうなったのか、を考えよ。
こうならないために、考えよ。

理科の先生の瞳は、薄く灰色をしていた。
お寺でお経を読む、袈裟の後ろ姿。

罪と向き合う。
自身と向き合う。
抱えて生きていく。


夕方、風呂屋へ行く。
雨の中、露天のつぼ湯にぽっかりと浮かぶ。
目を閉じた顔面に、冷たい雨が降る。
周りの音が遠くなる。

あのとき、あの人にちゃんと声をかけていたら。話し合えていたら。
あのとき、すぐに対応していたら。ちゃんと誰かに相談していたら。
あのとき、溜まった水を捨て、日にあてていたら。

「怖かったから」「面倒だったから」「まだ平気だと思ったから」と、そのままにしたのは、私自身だった。したのは私だ。

つぼ湯から出ると、周りに音が戻ってくる。
湯につかり、上気したはずの身体に、その奥の底が冷えているのを感じる。


抱えていく。

冷たいまま。


仄暗いキッチンの、パキラのあの小さな赤ちゃんの手を、今度は枯れさせてはならない。


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