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綴りはじめ

藤本 柊

私が「文章」に触れた1番はじめの記憶は、幼稚園のころだったとおもう。園には「絵本のへや」という、図書室があり先生たちが読み聞かせをしてくれたり、紙芝居をしてくれたり、白い画用紙で作った冊子に自分で絵を描いたりおはなしを作ったりすることもしていた。本の貸出もしてくれていた。
私はそのへやで、「ピーターラビットのおはなし」を借りていた。ビアトリクス・ポター作、いしいももこ 訳 の小さな絵本。
はじめはその、小ささが気に入って手に取ったのだったが、ゆっくり読んでいくとうさぎが可愛らしく。ちゃんとピーターが家に帰ってくることにとても安堵した覚えがある。
あーよかった、と。

れーきをふりふり

というくだりは、意味がわからなくても、そのリズムがとても気に入っていた。

当時、我が家にはお正月の恒例として、本屋さんへ行って好きな本を買ってもらえる、というシステムがあった。父は読書好きだった、と思う。私は、ピーターラビットの絵本3冊セット、を数年にわたり買ってもらっていた。

その本は、今でも手元に置いている。
何度も読み返すが、この文章は正味4,5歳の子どもには難しかったのでは、と思う。それとも、その難しさを少し背伸びをして、読みこなそうと思っていたのだろうか。
ともあれ、この文章に初めに触れたことは幸運だったと今では思う。言葉の運び、リズム、上品さ、スピード感、豊かさに、読み返すたびにほぅ!となる。

私好きな作家さんの中でもとりわけ、江國香織さんの感覚が好きなのだけれど、彼女もまた「やわらかなレタス」というエッセイで、ピーターラビットのおはなし に触れている。
ピーターの頬張るレタスのいかに美味しそうなことよ、と。

ビアトリクス・ポター作 いしいももこ やく
の文章の記憶は、その後、私を読書好きに育てていく。わくわくしながら、文字をたどっていくうちに、私の頭の中にその世界が広がっていくようになる。エルマーも、モモも、ズッコケ三人組も、赤毛のアンも。まるで脳内にアスレチックがあるような冒険のおはなしも大好きだったし、風薫る静かで綺麗な景色もまた好きで、たくさんの本たちがいろんなところへ連れていってくれている。

さて、そんなふうに読書を楽しんでいた私なので、いつしか漠然と、物語を空想したり、文章を書くこともしてみたいと思うようになっていた。けれども、それは近いようで遠く、「いつか」の域を出ないままになっていた。

そろそろいいんじゃないか
とうとうなんじゃないか

という根拠のわからないきっかけに、とにかく綴っていこうと思う。
読んでいただける方が楽しんでくださるものを、できれば自分もわくわくするものを、紡いでいけたら。




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