本来の日本民族の婚姻制度

一夫多妻ではなく乱婚です

江戸時代までは緩やかな乱婚制なんです。

平安貴族は通婚(かよいこん)制。
女性の家に男の人が通ってセックスするスタイルです。

盆踊りは出会い系でした

盆踊りはモロ出会い系です。

400年前に、女性の一人旅が危なくなかったのは世界中で日本だけだそうですが、これは治安が良かったのではなく、フリーセックスなので断られたら無理にレイプする必要がなかったためです。

ここいらは学問的では常識で、民俗学の大家、宮本常一の「失われた日本人」あたりを読むと、いろいろ聞き書きした内容を読むことができます。

今でも世界の民族の7割は複婚です

そもそも人類がほぼ一夫一婦制ではないです。

女性がなぜセックスのときに声を上げるのかとか、男性のペニスの形がなぜほかの高等類人猿と違うのかとか、なぜセックスの時間が長いのかとか、いろいろ補助的な理由はありますが、一夫一婦制でないのはかなり強めの定説になりつつあります。

そもそも一夫一婦制が浸透しているように見える現代でも、一夫一婦制を普通に守った人の遺伝子は消えていく運命にあり、周囲を見回しても「結婚と離婚を繰り返した人」の子供が最大化しています。

性格傾向は40−60%が遺伝ですし、生殖に関する傾向はほかの遺伝子よりも極めて強く淘汰されますから、3−4世代も遡れば一夫一婦性格遺伝子は今でも減り続けているのです。

嫁姑問題は母系民族だからおこることです

日本人は今でも精神的には母系です。

母親と女子の関係が男子との結びつきよりも強かったり(男子にはマザコンという言葉がありますが、女子にはありません)、婿姑問題が起こりづらいのに、嫁姑問題が起こりやすいのは、心理的に、別系統の女性が家の中に入ってくることによる障害です。

男系は儒教の武家だけで、明治維新は儒教革命

ただし、儒教の影響が強く、「どの父親の子供であるか」が重要な武家社会では男系でした。特に江戸時代は、「どの父親の子供であるか」が、給料を相続する理由ですから、武家の女性の浮気は多くの場合死罪とされていました。

武家社会の大義が維持できなくなるからです。

しかし、天皇家も男系です

天皇家も男系男子という取り決めは男系なのです。

これは、平安貴族が明確に女系だったのに比べるとかなり珍しいことで、これ故に、征服王朝である可能性が高いとする人もいます。

実際、天智天皇、天武天皇のところの接続などは、なんらかの意図があったのではないかと想定させて十分です。

男系男子は一夫一婦制では維持できません

125代の天皇家の歴史の中で、3代連続で第1婦人から男子が生まれたことは、これまで2回しかありません。

今回が3回めです。

基本的には側室の子供によって、男系男子は維持されてきたのです。

一夫一婦制は脱亜入欧による民族破壊

明治維新のあと、キリスト教国から見て、一夫一婦でないことが後進国に見えるという理由で、明治維新政府が一夫一婦制を強く推し進めました。

基本的には明治維新の功労者は武家出身なので、一夫一婦制にあまり違和感がなかったのもあるようですが、これにより日本民族は破滅的に劣化し続けています。

生物学でも生態や進化が専門であれば、少し考えれば数学的に理解できることです。

一夫一婦制では、「社会のルールを破った人」「恋愛的に口説くのがうまくて、結婚生活が下手な人」「長期的な家族を安定運営するのが下手な人」の遺伝子が激増します。

一夫多妻社会で、伝統や道徳を重んじる傾向が強いのは、このためです。

家父長制も明治維新政府が作りました

性的なことについて記述することがほとんどなかった、民俗学のもうひとりの大家、柳田国男が明治時代に東北の村に行ったとき「すべての家に男子と女子が一人ずついてすごく怖かった」と書いています。

農村では、田畑の面積で養える人の数が明確にわかるので、生まれた子供を殺すのです。「(天に)お返しする」といいます。その子供の代わりに神棚に飾ったのが「こけし(一説には、子消し)」です。

明治時代になって、人口を増やし、工業に携わる人を増やし、効率化と開墾により農村の生産力も上昇し、人口が増えたので、相続問題等を解決するためもあり、家父長制を導入しました。

農村もほとんど乱婚で毎晩乱交状態でしたから、もともとは子供ができてから旦那を探したのです。これが本来の人間の性交形態であることは、文化人類学上の様々な証拠から、強めに定説化されつつあります。

自称保守が言う「古き良き家族制度」はタダの嘘です

そんなものは、儒教革命であった明治維新政府が民族破壊のときに作り出した幻想で、およそ日本的ではありません。

なにかにつけて「古き良き」と自称保守が言うもののほぼ全ては、明治維新政府が作った革命的伝統です。

せいぜい150年前に新しく作った伝統は、どう見ても保守が守るべきものではありません。

そのようなものを守ろうとしても、日本人は誰も幸せになれないのです。

今でも、儒教が凄まじい数の人を不幸にしているのと同じことです。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?