何をしているかわからない人

 桜庭和志さんはプロレスラーは強いということを体現し、グレイシーハンターやIQレスラーと呼ばれ格闘技の一時代を築いた格闘家です。桜庭選手と対戦した人は「気づいたら負けていた」「何をされているのかわからなかった」と語っていたりします。私自身も、当時の桜庭選手の活躍に夢中になりつつも、その強さや何をしているかはわからなかったのですが、こちらの動画を見ていたら、素人ながらなるほどと思うことがいくつかありました。今回はその事を記事にしたいと思います。

桜庭和志「実践テクニック」

 まずはじめに桜庭選手は大学でアマレスを経験し、卒業後プロレス団体に入団した方です。もともとアマレスの土台があり、プロレス団体では間接技やムエタイなどの他の格闘技の技術をみにつけてオールラウンダーの格闘家になっていきました。その戦い方は、デビュー当時からいぶし銀のようだったと言われています。人気が盛り上がっていた時には飄々としたキャラクターも相まって、入場のパフォーマンスやプロレス技を取り入れたりと派手なイメージ(秋山選手のぬるぬる事件や耳が半分取れたりと話題になること多かった)がありますが、技術的には地に足の着いた基礎技術のしっかりとした選手であることは前提としてあるようです。

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 先の動画(桜庭和志「実践テクニック」)を観てみると、相手の動きについていくことをしながら、相手のすきが出てくるのをみつけること、常に先こことを三つくらい考えておくこと(実際は無理だとしても)を心掛けていると語っています。また、注意をそらすこと、頭の先から足の先まで散らばすようにすること、相手が攻めてきたときに力を抜くこと(相手がなんかおかしいと感じ流れが崩れたりする)も大事なようです。モンゴリアンチョップや側転はプロレスラーとして観客を喜ばすためにやっているようですが、意表をつく攻撃は一撃必殺というよりも、総合格闘技の試合に勝つための試合全体の組み立て方から行われているようです。ホイス・グレイシー戦では、ホイス選手の帯びを持ち上げ、身体をひっくり返して、上から打撃する場面が記憶に残っている人もいるかと思います。プロレスラーとして試合を魅せながらも、総合格闘技家として勝つために試合を組み立てていくことを両立させるのはすごいことだと思います。

 素人ながら、桜庭選手しっかりとした基礎技術の土台があり、その前提の上で相手の動きを観察しながら追従し、相手の攻撃に合わせて、そのすきを見つけて、そこから先の展開を常に三つほど考えながら試合を組み立てていくのが桜庭選手の強さのように感じます。とはいえ、実際に桜庭選手を相手にした人は「何をしているかわからないまま気づいたら負けていた」という感覚になるとは思いますが、よくよくその強さの秘密を考えてみると地に足の着いた仕事をしていることに驚かされ、格闘技に限らずとても大事なことのように思います。

 自分以外の何かを相手にする時には、まずは相手の動きを観察しながら、その動きに合わせていく必要があります。もちろん相手の動きの意図や何を考えているのかは分かりません。ですから、面前に表出される観察が可能な出来事から、今後に起こることを予測し、相手や面前で起きている出来事を見立てていくことも同時に必要になります。それは、現在起こることから不確実な未来をよりよいものへと形づくるような行為といえます。観察と追従、予想と制御という矛盾や、自分と相手、外と内、観察と関与、コンテンツとコンテクストからなるという二重性を含めた実践は、相手についていきながら、相手に合わせながらも、必要ならば相手の動きのすきを見つけてずらしたり、崩していく、合わせとずらし(神田橋條治先生の抱えと揺らぎ)という基本的な技術にも通底しています。
 そして、相手や私たちは何かしらの前提(システムズアプローチの枠組みやフレーム)をもって外界の状況を理解しているものです。そこには方向性や注意の向け方、意図やニーズがあり、知覚や想起、心象や観念といった思考(意識と無意識を含めた)といった内的な思考を含めた反応が定位されています。こうした、外界の状況への定位である相手の反応に合わせていくことは、相手の動きを理解していくことになります。そこで、その動きに合わせたりずらしたりすることは、相手を見立てて、その相手の反応を相称性(同質の同じ位相として)と相補性(異質の対する位相として)として利用(利用技法︰utilization)していくことであるといえます(ブレント・ギアリーのエリクソニアンの見立てと手続きに関する論文)。それは、相手自身が、自らの動きによって、新しい状況を作り出すようにしつらえる実践だといえます(ミルトン・エリクソンの生活構造のリフレーミング)。そして、状況に対して段階的に形成されていくものです。
 戦略と技法のレベル(グレゴリー・グレゴリー・ベイトソンのクラスとメンバー)を混同しないことは言うまでもなく、技法はその瞬間瞬間に対する応答であり、相手の注意を逸らしたり、今まで定位や前提を崩したりします(文脈のデフレーミンク)。一方、戦略は状況全体に対する「見立て(査定︰assessment)」と、それに対する「手続き(事例定式化︰case formulation)」になります。また、技法は相手への応答のなかに散らしておくことが大切であり、面前で起きている状況や出来事に即した、今ここで起きていることの流れに逆らわないような柔軟な応答性準備性と相手を許容していく能力が必要となるのです。
 そして、状況は段階的に整えられていく必要があり、細かく分けられた段階的な状況が積み重なり、散りばめられた種が芽を出すように相手のニーズに合わせた方向性を持ちながら展開していくものです(スモールステップと波及効果)。相手が持っている期待や希望が未来を展開していくための推進力となるのです。そして、誰もが自分の持っている能力を知りません。こうした試合を組み立てていくゲームメイキングや全体をデザインすることが重要で、それはある意味で相手を受け入れ、相手の土壌に即しつつも、自分が相手の土壌や天候になるようなことです。相手の置かれた状況や文脈といった土壌を耕し、心地よく根がはるような土壌と水を用意したら、光に向って芽が出てくるのは自然なことです(自然志向︰The Naturalistic Orientation)。

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