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中途半端な名前

中途半端というなら有坂の名前もだ。シンジ。その先はなんだろう。シンジルか。シンジナイか。それともシンジタイか。そういうことを考えてしまうから私は有坂を信ちゃんと呼ぶ。

三浦しをん著『きみはポラリス』という
短編小説『夜にあふれるもの』の一節である

初めて読んだのは高校3年生、18歳だった気がする
その頃はこの小説の良さが分からずに
”面白くなかった本リスト”に入れていた

いつも常にまだ読んでない本を
数冊ストックしているはずなのに
こないだ電車で読む本が無くて
仕方なくとった本である

数年ぶりに読む物語は
数年分の時間と経験を経た私にとって魅力的で
ことばのひとつひとつに想いを感じた
その中でも、シンジというありきたりな
男性の名前に対しての考察が印象的で
しかもその数日後にシンジさんと会う機会があり
私はこれからシンジさんという名前の人と
知り合うたびにこの物語を、
この一節を思い出してしまうのだなぁと思った






〜これは、私がシンジさんと過ごした
数時間のデートのお話 〜


下ろしたてのアンゴラ入りの服の毛が
予想以上にコートにくっついて
“猫を飼ってる不潔な女”になってしまったことを
話すと彼は「気にしないから良いよ」って
少し強張った頬で微笑んでくれる

大門から六本木までのわずか7分が
やけに長く感じて、、、私も緊張していたのだろう

あの夜の声の男性が今、横におり
地下鉄の窓に映る私を見る視線が感じられて
ガラスの先でふと目が合い、笑う

電車の中ってこんなにも無音であることに驚く
普段は音楽を聴いているから知らなかった
話してたのはあの車両ではたぶん
私たちだけだっだだろう



彼は想像していたより身長は低かったが
髪の毛はキメすぎず仕立てのいいスーツを
筋肉で着ている姿は悪くない◎
「会ったら惚れるかもよ?」深夜の電話で囁く男は
おらず実は奥手で紳士な人だと思った

前回東京へ行った際、芝公園から円山町までの
タクシーの中で見た夜にきらめく六本木ヒルズで
今回は真昼のランチデートである[@Barbacoa]

ビュッフェ形式の前菜は
見た事もない海外の野菜が沢山で初めての味ばかり

彼の唐突すぎる「恋愛での失敗談聞かせて」
という質問への適切な回答を忖度する時間稼ぎに
口に入れたヤシの木は柔らかくてすっぱくて
予想外の味と食感だった


「例えばどんな失敗したことあるんですか?」

どうしてなのだろうか
男性は女性に昔の遊んでいた話をしたがるのは

・・・逆効果な事をそろそろ
NHKか何かで大々的に取り扱って欲しい!
と心の中の感情とは裏腹にご期待通りの返事をあげる

彼は過去に
”二股をして街でブッキングした経験がある”らしい


だけど、確信した
完全に彼は私に女性として興味を持ったらしい
私は男性として魅力のある人から好意を持たれている
という実感がたまらなく好きだ、だからやめられない


ランチ時間ギリギリまで話をし
彼は六本木周辺を案内してくれた
仕事中に時間を割いてくれてたのを知ってたから
ご飯食べたら戻るのだとばかり思っていたので驚いた

ふたたび戻ってくると街はもう夕暮れ近くなっている
そうだった、東京は福岡より日が暮れるのが早いのだ




「ホテル、西麻布って言ってたよね?送ってくよ」
———この人の記憶力にはいつもおどろかされる

800km以上離れた場所からのLINEでいつか送った
“月、火、木 が大学でそれ以外はバイト”という
私の情報を覚えており、久しぶりのLINEに
「今日大学だよね?頑張ってね」の文面が
講義中にスマホが光る

彼の魅力は、記憶力なのだと思った
きっと恋人同士になると記念日は
きちんと祝ってくれる優しい男なのだろう

私の頭の中で過去と現在の彼の点と点だった優しさが
線になって繋がってゆく瞬間を感じた

絶対にこの男とは付き合う未来はないだろうに
ホテルに向かう途中そんな事を考えてしまう



「ここを真っ直ぐ行くと渋谷、右に曲がると青山で
左に行くとホテルのある広尾方面ね。」
私が明日の朝道に迷わないようにガイドしてくれる
今はスマホという現代利器があるから
最悪な事態にはならないのに今年37歳になる彼は
丁寧に位置関係を教えてくれる

芸能人が良く行く西麻布の叙々苑の外観は
想像してたより煌びやかではなかった


あっという間にホテルに到着し
私は自分の名前で予約を取ってなかったので
もしチェックインについて来られたら面倒だな...
と心配したのも束の間———

彼に、外で待ってるから
近くでコーヒーでも飲まないか?と提案された
そんなの迷わずOKに決まってる、と
バチェラー・ジャパンシーズン2の有名シーンでの
言葉がピッタリな気分だった
私は急いで、ホテルを予約してくれてる男の名前で
チェックインを済ませ、寒空の下待つ
シンジさんのもとへヒールを急かす


少し歩くとお洒落なカフェが幾つか目につき
ここは西麻布なんだと改めて思う

外はもう暗い

スパイシーチャイを飲みながら隣の彼を横目で見ると
スーツの至る所に私の毛がついていて
今日一日一緒にいた事を証明させていて嬉しかった

周りからは私たちはどういう仲に見えてるんだろう


空は完全に夜使用になり、彼にお礼を言った

また私達は会うことがあるのだろうか
だけど不思議とまた会うような気がする
私の住む街に出張に来る時は必ず連絡してくれると
私も東京に行く事があれば彼に連絡するだろうと
根拠のない確信を持ってしまう人であった




彼は私にとって、次会える日をシンジたい人である

二件目のカフェでポロっとこぼした
「また会いたいな」をシンジて

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