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書評『冷たい方程式』トム・ゴドウィン他

あけましておめでとうございます!
新年初読書というわけではなく、年末あたりから読み進めていた本の感想になります。本年もよろしくお願いいたします。

本作『冷たい方程式』は元々1980年にハヤカワ文庫から「SFマガジン・ベスト1」として出版された50年代欧米SFのアンソロジーで、そのなかの『冷たい方程式』があまりにも有名かつ人気になったため、新たに収録作品を組み直し、復刊したというのが本書です。といっても内容は『冷たい方程式』とアシモフの『信念』しかかぶっていないので、全く別物とも言えますが。

この本を買う人の目当ては十中八九、表題作の『冷たい方程式』を読みたいから買うのだと思いますが(僕がそうでした)ベスターやシマック、アシモフの短編も混ざってて、表題作以外の短編も必見です。海外SFの入門書としてもおすすめできます。


徘徊許可証 ロバート・シェクリィ

「そんなこといっても」トムは顔をしかめた「あれは合法的に盗んだものだぜ」

あらすじ
植民星ニュー・デラウェアに、地球からの200年ぶりの通信が入る。
地球は、ニュー・デラウェアが人類の文化を正常に継承しているかどうか、居留地調査官を派遣して調べにくることになった。
市長は困った。200年の歳月で誰も人類の文化を知らない。2週間で記録から文化を再現し、調査官を騙し通さなくてはならない。
進歩した文明には犯罪がつきもので、犯罪者がいることが進歩した文明の証だと考えた市長は、トム・フィッシャーという男を犯罪者に任命し、人殺しをするよう命じる。トムは牧歌的で平和なニュー・デラウェアで、なんとか犯罪者になろうとするが……。

レビュー
文明に対するちょっとした皮肉とユーモアで、面白いアイデアを描き切った短編。主人公がなくなく犯罪者になって、まず盗みをしようとするのですが、ニュー・デラウェアの人々は「トム! 犯罪者になったんだってな! 頑張れよ!」みたいな感じで、いい人しかいないのが笑える。みんな気を使ってくれる。それでも誰か殺さなきゃいけない。どうする!という、ラストへの物語の引っ張り方も上手。

ランデブー ジョン・クリストファー

日は変わり、潮は変わるが、海は決して変わることがない。

あらすじ
妻を亡くした〈わたし〉は、会社の社長から十日間の休暇旅行を勧められ、喜望峰へ船旅に出た。その帰りの船で、謎めいた女、シンシアと出会う。彼女は金持ちだが、決して飛行機で旅行することはなく、いつも船で旅をする。その理由は、彼女の亡くなった旦那トニーの、祖母に原因がある。
トニーの祖母は若いハンガリー人のジプシーと恋をした。しかしトニーの祖母は土壇場でハンガリー人のジプシーを裏切り、別の男性と結婚しようとした。そして彼女の父親は、ハンガリー人のジプシーを部屋に呼び出し、ナイフで殺害してしまう。しかしそれと同時に、トニーの祖母も寝室で胸を刺されて死んでしまった。ジプシーたちの信仰で、非業の死を遂げた者は、その原因を作った人間がそこを通りかかったとき、呪い殺してしまうからだという。
陸軍航空隊だったトニーは上空で戦死し、以来シンシアは決して空には近づかないのだった。しかし、彼女はある事実をうっかり忘れていて、死んでしまうことになるのだった。

レビュー
これは今の時代からするとSFというよりオカルト。解説の伊藤典夫氏によると、まだそこらへんのジャンル分けが曖昧だった時代に組まれたアンソロジーだからだそう。

ふるさと遠く ウォルター・S・テヴィス

この人生で二度と出会うことのない奇蹟から、神の創りたもうた最大の生き物から、遠ざかりつつあることもしらずに…。

あらすじ
公共プールの管理人をしていた老人は、白昼のなかプールに横たわる巨大なクジラの姿を目撃する。それは老人の記憶のなかからさまよい出てきた幻の海獣であった。
フェンス越しには立っていた少年が紙袋のなかにいる何かに喋りかける。「静にしろったら!」袋が声を返す。「さあさあ坊や、二つ目の願いはもう考えただろうね?」
老人が公園管理委員会のボスを連れて戻ったときには、幻の怪獣は消えていた。

レビュー
こちらもSFというより幻想小説の類。公共プールに現れる、幻想的なクジラの姿が印象的な掌編。

信念 アイザック・アシモフ

物理法則を知ることがどうして重要なのだ? それをいうなら、法則とはそもそも何だ? そんなものが、じっさいあるのか?

あらすじ
大学で物理学を教えるロジャー・トゥーミィに、ある日、空中浮遊能力が芽生える。物理法則を嘲笑うその現象にトゥーミィの生活はめちゃくちゃになるが、原因を探ろうにも為すすべがない。高名な科学者たちに手紙を出して助力を請うも、無視されるか丁寧に断られてしまう。そこでトゥーミィは、友人からアドバイス受け、自分の状況を科学者たちに納得してもらうため、ある計画を実行する。

レビュー
さすがアシモフだ。あり得ない現象に直面したときの科学的態度とは、いかなるべきであるか。といったような思弁的な内容も少し感じさせるSFでした。これを大規模にやったのが『三体』のゴーストカウントダウンのくだりかもしれない。

冷たい方程式 トム・ゴドウィン

彼や彼女の兄や両親にとっては、彼女はあいくるしい十代の娘である。しかし自然の法則にとっては、彼女は、冷たい方程式のなかの余分な因数でしかないのだ。

あらすじ
バードンは、惑星ウォードンで疫病にやられた探検隊に血清を届けるため、緊急発進艇で宇宙をつき進んでいた。しかし船に密航者がいることが判明し、規則に従ってその者を船外遺棄にしなければならなかった。船には片道分ぎりぎりの燃料しか積んでいないため、わずかな質量増加が命取りとなるのである。密航者はまだ若い娘で、兄に会うために船に乗り込んだのだった。バードンは血清を待つ探検隊と、自分の命のために決断を下さなくてはならなかった。

レビュー
本アンソロジーの表題作。ティプトリーの『たったひとつの冴えたやりかた』や筒井康隆の『たぬきの方程式』など、主に日本で“方程式もの”と呼ばれる作品たちの元ネタとなった短編小説で、シオドア・スタージョンに傑作と言わしめ、多大な影響を与えたSFです。
書くことがないくらいよくできた短編で、あらすじに書いたストーリーが全てです。密航者の娘の身なりが、よく見ると模造品や安物のアクセサリばかりだったことがわかるところなどが余計悲しい。

みにくい妹 ジャン・ストラザー

けれどシンデレラの美しさをうらやむことがなかったのは、それがまったくといってよいほどの知性の欠如によって相殺されていたからでございます。

あらすじ
ソフォニスバとオーガスタの姉妹は、顔立ちがまずく結婚には向かなかった。早々に彼女たちの運命を悟った母親は、二人を結婚から遠ざけ、教養の道に進ませた。そんなある日彼女たちの母親が再婚し、シンデレラという娘が義妹となる。しかしシンデレラはとても美しく、どうしようもないくらいバカな女だった。

レビュー
こちらも非SF小説。ご存じのシンデレラ『灰かぶり姫』の童話が、意地悪な義姉たちの視点で展開する話。
『シンデレラ』の話は、実は後世の脚色で、シンデレラ本人は顔とスタイルがいいだけのおバカな娘だったという、シンデレラがクソミソに描かれる短編です。作者が女性であるからなのか、貶しっぷりが容赦ない。

オッディとイド アルフレッド・ベスター

これはモンスターの物語である。

あらすじ
オディッセウス・ゴールは生まれたときからバカづきだった。彼が望んだありとあらゆる願望は、蝶の羽ばたきが嵐をおこすの例えで、必ずその通りになった。オッディの能力に目をつけた大学の物理学教授、ジェシー・ミグは、彼を使って惑星間の戦争などを調停する、運命実現委員会を発足させるが……。

レビュー
ベスター先生の短編。短いながらも、ネタとアイデアがてんこ盛りでぎゅうぎゅう。思ったことが何でも実現しちゃうオッディは、男版の涼宮ハルヒみたいなもので、委員会はそれを使って世界を書き換えようとするが、彼のなかに潜むあるものによって実現が阻まれてしまうという話。タイトルにさりげなくネタバレしてるように『禁断の惑星』とオチが一緒ですね。

危険! 幼児逃亡中 C・L・コットレル

「どういう子供なんだ?」とゴードンは聞いた。
「奇形だよ。超心理学的な奇形だ」

あらすじ
放射性物質を撒き散らす爆弾が、輸送機から誤ってアメリカの町に落下してしまった。ゴードンは軍とともにその事件の取材に同行するが、どうやら落下した爆弾はフェイクで、中身は空っぽのようだった。そしてそれを軍はわざと町に落としたらしい。彼らの本当の目的は町の住人を避難させ、とある一人の少女の身柄を確保することだった。その少女ジルは、研究所から脱走した超能力者だった。

レビュー
あとがきで伊藤典夫氏が触れているようにキングの『ファイアスターター』のような感じです。初出はこっちのが先。
『冷たい方程式』を読み終わって安心していたら、予想外に悲しい話が2回も来てしまった。
ジルが無意識の防衛で超能力を使ってしまい、人を殺してしまったりするシーンがあるのですが、そこのところの描写が結構グロテスクで、おおっと思わせる。あと、研究所の研究員の人が投射能力者で、自らの体験を主人公に追体験させる描写があり、そこの描写がまさに『ニューロマンサー』の没入ジャック・インみたいでハッとする。回想に出てくるジルの喋り方がブラックジャックのピノコみたいな感じなのが可愛い。

ハウ=2 クリフォード・D・シマック

「倒れてのちまんのみ!」
「倒れてのち已まんのみ、です!」アルバートは厳粛に和した。「わたしたちロボットはちっとやそっとでは殺されませんよ」

あらすじ
ゴードン・ナイトはハウ=2社から半機械半生物の組み立て犬を購入したが、届いたのは一体のロボットだった。
注文間違いで届いたアルフレッドと名乗るロボットは、すぐさまゴードンの身の回りの手伝いを始める。しかしゴードンが気づくと庭に、いくつものロボットが動きまわっているではないか。そのロボットたちはアルフレッド自身が組み立てたもので、次々と新たに生み出されつづけていた。やがてゴードンの元にハウ=2社から訴訟がやってくるが、アルフレッドはロボット弁護士を作って対抗しましょうと言い始める。

レビュー
前半は、あれもこれもと余暇の趣味にハマったり飽きたりを繰り返す、ファスト教養ならぬファスト趣味の沼におちいる現代人を描写していく。そして後半、そうした人向けにありとあらゆるものをDIY製品にして薦めるハウ=2社から、組み立て式ロボットがやってくる。ロボットがトラブルを次々と起こし、最終的にロボットの人権をかけた裁判へと発展していくという話。
ロボットのアルバートが妙に可愛いやつで、ゴードンも最終的にヤケクソなのか、肩を持ち始めるのが最高。

あとがき

アンソロジーとは、元々古代ギリシャで“摘み取った花々”を意味する言葉だったそうです。
本作品中には、非SF作品も混じっていて、それがジャンル勃興期のカオスな状況を今日に伝え、非常にバラエティ豊かな花束となっています。

読書の箸休めに読書するというのが、クレイジーな本好きの基本行動ですが、本作は軽めに読める本で、難解な本を読む箸休めとして楽しみました。
ライトな気持ちで手に取るのがおすすめ。


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