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ひとりぼっちの宇宙交流『中継ステーション【新訳版】』クリフォード・D・シマック

『中継ステーション』は『デューン 砂の惑星』(雑誌連載版)とカート・ヴォネガットの『猫のゆりかご』などを押しのけて、1964年のヒューゴ賞長編小説部門に選ばた小説で、錚々たるメンツを下した当時の傑作です。

著者のクリフォード・D・シマックはアメリカのウィスコンシン出身で、緑の裾野が広がる大自然のなかで生まれ育ち、新聞記者をしながらSF小説も執筆していたという人物です。
『中継ステーション』もかれの生まれ故郷であるウィスコンシンが舞台の小説で、SFとは似つかわしくない、牧歌的な田舎を舞台に据える。
新訳版の表紙イラストの通りの世界観がある感じです。(実はシリアスな面もあるけど)
ハヤカワ文庫のかわいい表紙といえば、この片山若子さんの装画か、シライシユウコさんの装画か…という感じだと私は思っています。皆さんの思うハヤカワ文庫のベストかわいい表紙はなんでしょうか。

イチオシ!

シマックはこの小説を、還暦をすぎて執筆したようで、意外と晩年の作なんですね。なので、小説のテクは円熟の域に達しており、引きがうまくてグイグイ読めます。というか多分、これ雑誌連載の作品なんだと思う。短めの各章ごとにクリフハンガーが用意されていて、海ドラみたいな感じ。


あらすじ

「遠くから旅をしてきたんだね」イーノックはおだやかにかまをかけた。
「ああ。とても遠くから」男はうなずいた。「故郷を離れて、たった一人で」

クロード・ルイスという情報部の男が、ウィスコンシンの片田舎にすむ、イーノック・ウォレスという男を2年間に渡って調査し、その報告をしているというところから物語は始まる。なんの変哲もなさそうなイーノックという男が、実は驚くべき素性の持ち主であったことが明らかになっていくのが前半の展開。

イーノックは、南北戦争に従軍し、なんと120年もの間、30歳の見た目を保ったまま生き続けているのだった。他人とは干渉せず、科学の専門誌をいくつか取り寄せては読んでいる。収入はどこから掘り出したものなのか、定期的に宝石を売って、金にしているようだった。

そしてルイスがイーノックの留守に、自宅を調べようとし、怪しい部屋に続く扉に触れようとするが、その扉には一切の摩擦がなく、こじ開けようとしてもびくともしない。

扉はイーノックが知る合言葉でのみ開くのだ。その部屋の奥には巨大な転送装置が置かれていて、はるか彼方、銀河の向こうからやってくる異星人たちを出迎えるためのものだ。この古びた一軒家は、銀河の中継ステーションなのだ。

イーノックは異星人の来訪を知る、たった一人の人類だった。

レビュー

うまいなあと感心したのは、平凡な生活、微細な自然描写というミニマルな日常が、ステーションを介して、異星人、銀河同盟、戦争など、マクロで非日常のものに繋がってしまうギャップと、サイズの対比がとにかく見事で、それこそ勉強机の引き出しを開けたらタイムマシンがある的な想像力で、胸おどる書き方になっている。
すぐ隣に驚異の世界がある感じ、たまらんでしょ?

そしてこの小説、中盤からは人類の命運を左右する、スリリングな展開に雪崩れ込んでいきます。

イーノックはステーションを訪れた異星人と交流を重ね、かれらの科学や知識を
学んでいき、そのなかで、とある異星人が発明した数学、それを使った統計的未来予想みたいな方法を、地球に当てはめてみようとする。
すると、人類はもうまもなく核戦争に突入し、避けられないことがわかる。イーノックはそれを人類でただ一人知りながら、どうすることもできないのだった。このことを政府の誰かに伝えれば、ステーションの存在が明るみになってしまい、かといって黙っていれば、人類は滅亡してしまう。

さらに、かつて地球を訪問にきた異星人の一人が、訪問中に心臓発作のような病気で、その場で倒れて死んでしまい、イーノックはその異星人を葬って、墓を建てたのですが、その墓が暴かれてしまい、死体が持ち出されてしまう。
そのことで銀河同盟は地球のステーション閉鎖を迫り、地球の戦争はいよいよ不可避のものになってしまう。
イーノックは異星人の一人から、地球を救う手段として、人類の知性を、武器が使えなくなるほど鈍麻させるという方法を提案されます。そうすれば絶滅は回避できるが、人類の文明は大幅に退行し、取り返しのつかないことになる。
イーノックは人類を代表して、たった一人でこの決断を下さねばならなかった。

ストーリー終盤には、タリスマンという装置が鍵を握り、展開を大きく左右するのですが、この設定が特に60年代っぽさを感じたのが意外でした。これはいわばスターウォーズのフォース的なもので、ニューエイジ思想の類だと思うのですが、こんなところでお目にかかるとは思わなかった。
異星人たちの同盟を支えているのが、タリスマンがもたらす目に見えない力によってだったりして、そこが面白いところ。

参考サイト

本作、CIAと宇宙人が絡む話であるので、実はXファイルに先駆けた作品でもあるという指摘も。なるほど確かに……。

イーノックにとって、地球人と宇宙人、どっちが仲間なのか? それを問う物語であるというのは、核心をつく捉え方だと思います。
ステーションの存在をバラして、地球を救うか、黙っていることで銀河同盟に加わるのか。それによって人間性が問われてていく仕掛けになっているということですね。

冬木糸一さんの書評。
イーノックは120年の歳月を生き、時間から解放されている存在で、それゆえに状況を達観して見ることができる。ウィスコンシンの大自然や、地球の存在をかけがえのなく感じられるのも、時間が問題にならず、なおかつ異星人の文明に接していて、人類を離れた立場で見ることができるからだ。これがイーノックのキャラに説得力を与えていて、人類をどう規定するのかという問いかけに、迫真性が生まれるのだと私は思う。

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