見出し画像

SNS時代のバタフライエフェクト。

今朝目が覚めたとき、唐突に「フォローするのを怖がらない」という言葉が脳内を駆けた。noteの、日記のタイトル及びネタである。そんなふうに、いきなり頭の中をかすめた言葉から日記を書くことも多いから、そのまま頭の中で文章を書き書き、朝の支度をしていた。

フォローするのを躊躇う癖がある。noteに限らず、Twitterなんかでも。
自分が良いな、と思った人に自分の存在を認知させる。つまり、通知を与える。通知を受け取った相手は僕のプロフィールなりタイムラインを見てどうするかを査定する。
僕の場合、あまりフォローバックされないほう。どっかのしょうもないバンドマン風情がフォロワー稼ぎにフォローしただけか、なんて思われるのかなと自己分析している。それ以前に書いてる内容がくだらなく、しょうもなさ過ぎるのかも知れないけれど。

だから、あまりフォローしなくなった。出来なくなったとも言える。
フォローして、フォローを返されることが必ずしも正解だとは思わないけど、フォローを返されない、ということは「あなたとは交流しなくて結構です」と言われているような気になって、これまたしょうもなく落ち込んでしまうからだ。

でもそれではいけないな、とここ最近思うようになった。
フォローやフォローバックは所謂"交流の形"というのとはまた違うのだ。
自分が好きなものをフォローする、それだけである種成立してるというか、終わってることなのだと思う。自分の好きな人からフォローを返してもらえたときはやっぱり嬉しいけど、その人をフォロー出来ただけでじゅうぶんなのだと思う。

だから、「フォローを怖がらない」ようにしよう。ベタベタと粘着するように絡みすぎると気持ち悪がられるだろうから、ほどほどに、だけど。笑

きっと、そうすることで得られるバタフライエフェクトのようなものがあると思う。その人をフォローすることで些細ながらも必ず変化がある。違う価値観を知れたり、知らない世界を知ることが出来るのだ。
それは、蝶が羽ばたくことで気流の変化があるのか、ということよりも大きなことのような気がする。それをたった一度のクリック…あるいはタップで出来るのなら、しないのはなんだか損だ。もし自分の身に悪影響がありそうだなと思ったときはこれまた簡単にやめられるしね。SNSのいいとこでもわるいとこでもある。笑

だから今日から、積極的にフォローしていくことにしますぞー!
どうぞよろしくおねがいします。笑

こんな駄文をいつも読んでくださり、ほんとうにありがとうございます…! ご支援していただいた貴重なお金は、音源制作などの制作活動に必要な機材の購入費に充てたり、様々な知識を深めるためのものに使用させて頂きたいと考えています、よ!