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ハッピーフラワー。~orange pekoe~

 さやかは、市民体育館に来ていた。最寄りの駅から4つ先の、複合商業施設が隣接した大きな駅。そこから少し歩くと、市民体育館がある。そこでは、周辺の学校の部活の試合や、地元のクラブチームの練習などが行われていた。
 さやかは、弓道部に所属していた。弓道には、「審査会」と呼ばれる行事があり、他の武道などで言う所の「昇段試験」のようなもので、この審査会で合格すると、「段」が与えられる。さやかは今日、高校一年にして、初段が与えられた。その、審査会が終わり、体育館を出た所で、友人のゆうこに声をかけられた。

 「さやかー」
「あー、ゆうこ!」
お互いに手を振りあいながら駆け寄った。
「来てくれてたの!?」
「うん。でも、一般人は入れないのね」
「そうなの、ごめんね」
「ううん、いいよ。駅の周りで適当に時間つぶしてたから。それより、審査はどうだったの?」
「受かったよ~!初段!」
「へぇ~、すごいじゃん!高校一年で初段って、なかなかいないんじゃないの?」
「まぁ、ものすごく難しいって程でもないけど、簡単でもないかな」
「へぇ~、すごいじゃん!さすが、さやか!」
「ありがと」
さやかが笑った。
「で?」
「え?」
「先輩は?」
「あぁ」とさやかが呆れて笑った。弓道部には、ゆうこが目当てにしている男前な先輩がいた。
「もう帰っちゃったよ」
「え!なんでよ!?」
「今日は先輩は打たないから…」
「もー!来て損したわ!」
ハッキリとそう言い切るゆうこに、さやかは目を丸くした。
「ちょっと!応援に来てくれたんじゃないの!?」
「そうだよ!?応援にきたんだよ!?『友達を応援に来る優しい友達』な私をアピールしに来たんだよ!?」
「計算高いなぁ~」と言いつつ、さやかは嬉しそうに笑った。
「まぁ、先輩にはあんたの株が上がるようなことをさりげなく言っておくよ」
「頼むよ!そういう、第三者からの言葉って、すごく効果あるみたいだから!」
「だから、計算高すぎなのよ!」
二人で大声で笑った。
 二人で電車に乗り、自宅の最寄りの小さな駅から歩いてる途中、さやかが「あ、ちょっと待ってて」と言い足を止めた。ゆうこも「ん?」と足を止め、そこが花屋の前である事に気づき、「あぁ」とうなずいた。
「ごめんね。ちょっと待ってて」
「ゆっくりでいいよ」
その返事を聞いて、さやかは花屋に入った。そして、一輪の赤い花を買って出てきた。
「ごめんね、お待たせ」
「はいはーい」
二人は、帰り道を歩いた。
「あんた、審査に合格すると、いっつもお花買うよね」
「ん?うん、そうね。買うね」
さやかは、花屋で買った一輪の赤い花をゆらゆらと揺らした。
「なんで?」
「ん?」
「なんで、花なんて買うの?」
ゆうこがさやかの顔を見た。さやかも、「それはね~…」とゆうこの目を見た。
「…なんでだっけ?」
ゆうこが「ぷっ」と噴き出した。
「自分でも分かんないで買ってたの!?」
「いや、でも、嬉しい日にはお花を買うんだよ」
「なにそれ?」
「…なんだっけ?」
ゆうこが、また「ぷっ」と噴き出し、「あははははは!」と笑った。
「あ~、ほんと、さやかって面白い」
「ちょっ!バカにしてんでしょ!」
「だって、面白いんだもん。自分でも理由わからずに花買ってたとか!」
「もー、笑わないでよ!」
「あはははは、ごめんごめん」
「もう」
「でもさ、買うようになったきっかけは忘れたにしても、買い続けてた理由はあるはずでしょ?それは、なんなの?」
「うん…。なんかね、嬉しい時に、そばにお花があると、もっと嬉しくなる気はする」
「…なるほどね。それは、なんとなく分かる気がする」
「でしょ?」
さやかが笑った。ゆうこが「でもね」とニヤッと笑った。
「な、なに?」
「嬉しい気持ちを、もっと増やしてくれるものがあるよ!」
「なによ?」
「それは、ケーキよ!」
ゆうこが、左手を腰に当て、右手で近くのファミレスを指さした。
「さ、行くよ!」
そう言って、さやかの手をつかんで引っ張った。さやかも、「ちょっと!」と言いつつ、あまり抵抗はしなかった。
 ファミレスに入り、ゆうこはチーズケーキを、さやかはショートケーキをそれぞれ注文した。
「はぁ~、おいしい。嬉しさ2倍ね~」
さやかが頬に手を当て、わざとらしく幸せを表現した。さやかは「それは良かったね」とフォークをケーキに入れた。しかし、その手を止め、「…ん?」と声を漏らした。
「ちょっと待って、今日、ゆうこに嬉しい事起こってなくない!?」
興奮気味にそう言うさやかに、ゆうこは平然と「起こったよ?」と返した。
「何よ?」
「友達が審査に合格したの」
「なに、便乗してんの!」
二人で、大声で笑った。ひとしきり笑ったあと、さやかが「感謝してよね~」と言うと、ゆうこはテーブルに両手をついて、「ありがとうございます」と頭を下げた。しかし、口にケーキを頬張っていたので「はひはほうほまいまふ」だった。

 「…そういえば、何でだったかなぁー?」
ゆうこと別れたあと、買ったばかりの赤い花をゆらゆら揺らしながら、家に帰った。

「ただいまー」
「おかえりー」

さやかの母親が料理の手を止め、エプロンで手を拭きながら玄関まで行って出迎えた。「審査、どうだった?」と聞くと、さやかが返事をする前に、さやかの持っていた赤い花を指さして、「受かったのね」と満足そうに言った。
「うん」
「そう、おめでとう。高校一年で初段なんてすごいじゃない!」
「ありがとう」
「着替えてらっしゃい、コーヒー淹れてあげるから」
「はーい」

 さやかが自分の部屋に入って荷物を置くと、学生服から部屋着に着替えた。居間に行くと、母親がコーヒーと甘いお菓子をテーブルに並べていてくれていた。
「お砂糖は?」
「2杯」
「はい」と、砂糖を2杯分入れたコーヒーを差し出してくれた。「ありがとう」と受け取った。
「今日、ゆうこが来てくれた」
「そうなの?良かったわね」
「うん」
コーヒーを一口すすった。帰りにケーキを食べに行った事は言わないでおいた。お菓子を減らされる気がしたからだ。母親は、さやかが買ってきた赤い花を花瓶に差し、飾ってくれていた。

 「おかあさん」
「ん?」
「わたし、何でお花買うようになったんだっけ?」
「何よ、急に」
「ん?今日、ゆうこに言われて、そう言えばなんでだっけーって思って」
「そうねぇ…。買うようになったのは、小学生ぐらいからだと思うけど、それまでは、たんぽぽとか、その辺に咲いてるお花を摘んできたりしてたわね」
「そっか…」
「おばあちゃんじゃない?」
「おばあちゃん?」
さやかが部屋の隅にある仏壇を見た。さやかの祖母が、笑顔で映っている写真があった。
「そういえば、そんな気もする…」

それは、さやかがまだ、幼稚園に通っている頃の話だった。

 「どこ行くのー?」
さやかがおばあちゃんを見上げた。綺麗な紫色の着物を着たおばあちゃんは、ニッコリ微笑んで「叔母ちゃんのお見舞い」と答えた。
「おみまい?」
「そ。叔母ちゃん、階段から転んで足の骨折っちゃったから、いま病院で寝てるの。だから、お見舞いに行くの」
「はーい」
さやかがおばあちゃんと手をつないだ。
「病院に行く前に、お花買っていこうね」
病院に行く途中の花屋の前で、おばあちゃんが立ち止まった。
「お花買うの?」
「そう、お花」
「なんで?」
「おばちゃん、今、足が痛くて悲しいの。だから、お花におばちゃんの悲しい気持ちを食べてもらうんだよ」
「お花は悲しい気持ちを食べてくれるの?」
「そう。お花は、悲しい気持ちを食べて、心の中から消してくれるの」
「そうなんだ。お花は優しいね」
「そうだね、優しいね」
おばあちゃんが、さやかの頭を優しくなで、二人で花屋に入った。女性の店員さんが、「いらっしゃいませ」と出迎えた。長い髪の毛を一本に結んだ、綺麗な女性だった。「お花ください」とさやかが言うと、「はい。どんなお花ですか?」と、さやかの前にしゃがんだ。
「いっぱい食べてくれるお花がいいです」
「え?」
お姉さんが笑いながらおばあちゃんを見上げ、おばあちゃんが「すいません」と頭を下げた。
「これから、お見舞いに行くんです。なので、お花を買いに来たんです」
「あぁ、そう言う事ですか」
「おねーさん」
「はい?」
「お花は、かなしい気持ちを食べてくれるんですか?」
お姉さんが、さっきの言葉の意味を理解した。
「うん。食べてくれるよ」
「おばちゃん、今かなしいから、いっぱい食べてくれるお花、ください」
「ここのお花は全部、いっぱい食べてくれるよ」
「本当?」
「本当。だから、好きなお花選んでいいよ」
「いいの?」
さやかがおばあちゃんを見上げた。おばあちゃんは、優しく微笑んで、頷いた。
「じゃあねぇ…」と言いながら、さやかが店の中を見渡した。
「これがいいー」
さやかが、一輪の赤い花を指さした。
「…うん。可愛いお花だね」
お姉さんが、微笑んだ。さやかも「えへへ」と笑った。

「おばちゃん!」
「あー、さやかちゃん!」
さやかは病室に入るとすぐ、元気に叔母の元に駆け寄り、「はい!」と赤い花を渡した。
「可愛いお花だねー、ありがとう」
「かなしくなくなった?」
「え?」
「お花がね、かなしい気持ちを食べてくれるんだって。かなしくなくなった?」
「うん。すっかり元気よ。ありがとね」
おばちゃんが、さやかの頭を撫でた。
「えへへー」
「母さんも、ありがとう」
「あんた、気をつけなさいよ」
「うん…まだまだ若いつもりだったんだけどねー、階段二段飛ばしは無理だったわ」
そう言って、二人が笑った。

 しばらくして、叔母が退院した。幼稚園に迎えに来たおばあちゃんが、家に叔母が来てることを教えてくれた。
「だから、お花買っていこうね」
そう言って、あの時赤い花を買った花屋の前で立ち止まった。
「なんで?」
「おばちゃんにあげようね」
「おばちゃん、かなしいの?」
そう言って、心配そうに見上げるさやかを見て、「ううん」とおばあちゃんが微笑んだ。
「嬉しい時も、お花を買うの」
「そうなの?」
「こないだ、おばちゃんのとこにお見舞いに行くときに、お花買ってったよね?」
「うん。お花にかなしい気持ちを食べてもらうの」
「そう。だから今度は、お花に嬉しい気持ちも食べさせてあげないと。悲しい気持ちばっかりじゃ、かわいそうでしょ?」
「そっかー」
「悲しい時は、お花に悲しい気持ちを食べてもらうの。逆に、嬉しい時は、嬉しい気持ちをお花に分けてあげるの。わかった?」
「わかったー」
「いい子だね」
おばあちゃんが、さやかの頭を優しくなで、花屋に入った。
「いらっしゃいませ…あら?」
「こんにちはー」
この間の店員のお姉さんが出迎えてくれた。「また来てくれたの?」とさやかの前にしゃがんだ。
「お花ください」
「いいよ。いっぱい食べるやつ?」
「ううん。あんまり食べないやつ」
「え?」
お姉さんが笑った。
「どうして?」
「あのね、こないだね、お花に、おばちゃんの悲しい気持ち食べてもらったからね、今度は、嬉しい気持ちを分けてあげるの。でも、全部食べられちゃったらいやだから、あんまり食べないお花がいいです」
「そっかぁ」と微笑みながら、さやかの頭をなでてくれた。
「うちのお花は優しいから、嬉しい気持ちはあんまり食べないよ」
「本当?」
「本当。だから、また、好きなお花選んでいいよ」
さやかがおばあちゃんを見上げた。おばあちゃんも、優しくうなずいた。
「じゃあ、これがいいです」
さやかが選んだ花は、あの時と同じ赤い花だった。

家に帰ると、叔母が来ていた。
「おばちゃん!」
「さやかちゃーん!」
叔母が両手広げ、さやかが飛びついた。
「はい、お花ー!」
「あら、ありがとうー!」
「うれしい気持ちを、お花に分けてあげてね」
「ん?」
「こないだ、かなしいの食べてもらった分、うれしいの分けてあげてね」
叔母と祖母が目を合わせ、合図を送りあった。
「うん、わかった。さやかちゃんは優しいね」
叔母がさやかの頭を撫でた。さやかは「わたしも分けてあげるー」と赤い花を両腕で優しく抱きしめた。

 さやかの祖母の教えは、嬉しい気持ちも花に分けてあげる、というものだった。それが、いつのまにかさやかの中で、嬉しい時に、より嬉しい気持ちにさせてくれるものになっていた。

 「…食べ過ぎじゃない?」

学校帰りに、ゆうこが「甘いもの食べにいくぞー!」とさやかをむりやりファミレスに引っ張った。ゆうこの目の前には、ショートケーキとチーズケーキとチョコレートパフェとティラミスとシュークリームが並んでいた。

「そんなにいい事があったの?」さやかがコーヒーをすすった。
「逆よ」
「逆?」
「先輩に彼女がいたの。もー、やってらんない!」
そう言い放つと、アイスコーヒーをストローで「ずぞぞー!」と勢いよく吸い上げた。
「ゆうこ、悲しい時も甘いもの食べるんじゃん」
「そうよ。甘いものは常に私の味方なのよ。あんな裏切り男とは違うのよ」
「…先輩は別にあんたのこと裏切ったわけじゃなくない?」
「そういう、冷静な意見は、今いらない」
ゆうこがシュークリームを一個丸ごと口の中に詰め込んだ。さやかは「詰まらせても助けてあげないよ」と笑った。それに対して、ゆうこが何やら抗議してきたが、「ふがふがふがふが」としか聞こえず、「わかんない、わかんない」と、また笑った。
「…ずずっ」
さやかがコーヒーをすすって、何気なく窓の外を見た。
「…あれ」
「んー?」
「あんなとこに、花屋なんてあったっけ?」
そこで、ゆうこがシュークリームを飲み込んだ。
「ほんとだ、新しくできたのかな?」
ゆうこがまた「ずぞぞー」という音を立てた。さやかは、花屋の様子を伺っていた。
「…気になるの?」
「うん、雰囲気よさそう」
「気になるんなら、行ってみたら?」
「…うん、今度、行ってみようかなぁー」

次の日の朝。

「さやかー」
「なにー?」
さやかが玄関で靴を履いていると、母親が話しかけてきた。しかし、近くに弓道の弓の包みがあるのを見て、「…あ、今日部活だっけ」と言った。
「そうだけど、何?」
「いや、明日、おばあちゃんのお墓参り行くから、お花買ってきてもらおうと思ったんだけど、部活あるんならいいわ。めんどくさいでしょ?」
さやかの頭の中に、昨日、ファミレスから見たあの花屋が浮かんだ。
「…いいよ、買ってくる」
「そ、助かる」
そう言って、さやかに千円札を一枚預けた。さやかはそれを丁寧に財布にしまうと、靴を履き、とんとん、とつま先を鳴らした。

「行ってきまーす」

そう言うと、玄関を開け、外に出た。よく晴れた、とても天気のいい日だった。

「なんかいいことありそうだなぁー」


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